16 広報失格② 【16-3】



「ここは、試合を見てくれたファンが通る道だ。
並んでいない人が勝手に入らないでくれ」

「1枚です、これでどきます」

「枚数の問題じゃない、今は撮らないでくれ。あなたのしていることはルール違反だ」


私は、みいたんと言っていた女の子のところへ向かう。

落としたボールを渡そうとして、書いてある文字に気がついた。



『おまもり』



黄色の小さなバレーボール。

まだ、覚えたてのひらがなで、書かれた『おまもり』の文字。


「ありがと……」

「いいえ」

「交流会が終わったら、それから撮ってください」

「平野さん、私たちも仕事で……」

「そんなことはわかっています。順番が違うと言っているだけでしょう」


平野さんとカメラマンの言い合いで、ファンの歩みが止まってしまった。

会場の関係者は前へと進めようとするが、ファンたちも前へ出ていいのか、

どうしたらいいのかと、困ったようになって……


「平野さん!」


私は、目の前にいたみいたんを抱き上げた。

今、あなたが言ったように、みなさんこの瞬間を楽しみに来ているのだから。

一生懸命に並んでいた小さな子に、そんな怒ったような顔、見せないでください。

この人達にとっては、『一瞬』が『一生』なのですから。


「笑顔で……お願いします」


みいたんの、小さな手の中にある黄色いバレーボール。

『おまもり』を渡すために、小さな子供が頑張って並び続けた。


「はい……」


みいたんの『おまもり』は、平野さんの手に渡る。


「タッチ……」


しゃがんだ平野さんの前に、小さなみいたんの手が出て……


「……タッチ」


よかった、平野さんの顔が、優しいものに戻ってくれた。


「ありがとう」

「うん」


みいたんは恥ずかしそうに、お母さんの脚を持ち、顔を埋めてしまう。

そのお母さんもタッチを済ませ、

親子は嬉しそうに市川君や明石さんのところに動いていく。

ほんの1秒足らずでも、『貴重な時間』。

憧れて、声をかけたくて仕方が無かった人に、少しだけ触れあえる時間。


よかった……険悪な雰囲気にならなくて。


結局、5時半過ぎに、タッチ会は終了した。

『バーズ』の関係者と、山波さんをはじめとした雑誌の面々。


「はい、ではこちらを見てください」


平野さんと山波さん、握手をしながらの2ショット。

アスリートたちを取材する、雑誌の紙面では恒例らしい。

そこからは数分、山波さんの質問が続く。

2部リーグに来て、やろうとしていることは何かとか、

見て欲しいところはどこなのかなど、当たり障りのないことが多い。


「大げさに申し込んでおいて、たいしたことを聞きませんよね」


本田さんはそういうと、横断幕を丸めていく。

平野さんのそばには小松さんがついたので、

私も隣で別のものを片付けて、丁寧に折っていく。



荷物を持ち、バスに乗せようと外に出ると、『バーズ』のバス近くに、

少し前に抱き上げた、みいたんとお母さんが立っていた。


「あ……あ……」


みいたんは私の顔を見て、笑顔で指を差す。


「先ほどはありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、バタバタしてしまいまして……」


みいたんのボールが転がったことで、私は何も考えずに飛び出していた。

足元を見ていないカメラマンが危ないと思ったこともあるが、

どこかで、不機嫌になっていく平野さんの表情を、見ていたからかもしれない。


「私がずっと平野さんのファンで。この子が生まれる前から、
バレーの試合を見続けてきたものですから、娘もいつの間にか覚えていて……」

「そうですか」

「あのバレーボール。工場見学に行った時に、売っていたもので。
美衣が欲しいと言って、それをお守りにすると……」

「はい」


平野さんに確かに渡った。


「これからも、『バーズ』の応援をします」

「ぜひ、よろしくお願いします」


少し遅れて出てきた本田さんと一緒に、みいたん親子に礼をする。

小さな手が私たちに振られ、こちらも空いている左手でしっかり応えた。





「あの後、修羅場になるところでしたよ」


私たちが『みいたん親子』と話していた頃、体育館の中では平野さんと山波さんが、

一触即発の状態になっていたと、小松さんから報告を受けたのは、

バスが到着した後だった。


「山波さんが女の子を連れてきていたでしょう。
あれ、山波さんのマネジメントをする事務所の新人でさ」

「へぇ……そうなんだ」


山波さんは現役を引退し、とある芸能事務所に入った。

山波さんだけではなく、アスリートを引退した後にも活動をする人は、

どこかの事務所に所属するのが普通になっている。


「で、その子が取材の途中に、平野さんに挨拶をしてね」


小松さんの話を聞きながら、私と本田さんは収納の箱を組み立て始める。


「記念に写真を撮って、サインをいただけませんかとそのタレントが言って。
で、平野さんがすっぱりと断って……」

「断った」


本田さんの『エ……そうなの』という、

一段階大きくなった驚きの声が事務所内に響いた。


【16-4】



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