16 広報失格② 【16-4】



「そう、出来ませんって」


平野さんは、ファンにも時間の関係で、今日はサインをしたり、

写真撮影をしないことにしていたのに、

あなたにだけ特別な形でするわけにはいかないと言って、

山波さんが顔つきを変えたと言う。


「確かに、まだ体育館の周りで出待ちのようなことをしている人達もいましたけど、
『タッチ会』は終了していたでしょう。俺の立場もあるのだから……と、
そこで山波さんの本音ですよ。さんざん待たせておいて、
こっちが頼んだことに首を振るとはどういうことだってね」


そう、山波さんとしては、5時までに出たかったところが、

ファンの列が途切れるまで、全く動けなかったのだから、

それは思ったこともあるだろう。


「そうしたら平野さんも、
山波さんがやろうとしていることの方が理解出来ないって言ってさ」


平野さんは、山波さんにとっての選手生活は、

こういった日々のためにあったのかと、責めたという。


「責めた」

「いやぁ……心臓止まるかと思ったよ。山波ですよ、元全日本の主将で、
現在解説バリバリの」


小松さんの言いたいことはわかる。

でも、私には平野さんの言いたいことの方が、もっと理解出来た。

選手として戦ってきた経験のある人なら、応援してくれる人の存在が、

何よりも大事だと思えるはずだと、平野さんはそう言いたかったのだろう。

取材のために列を抜けてくれと言ってみたり、ファンに出来なかったことを、

特別に自分のためにやれだなんて、

確かに『応援してもらった』選手としての気持ちが残っていたら、言えないはず。


「それにしても平野さん、引退した後どうするつもりですかね。
いくらマスコミに腹を立てても、山波さんじゃないけれど、
今度は世話になることもあるだろうに」


小松さんはそういうと、ロッカーに横断幕や旗を入れていく。

そうか、平野さんは今年で選手を終える。

その後、山波さんのように解説者となるのか、若松監督のように、指導者を目指すのか。

松尾さんなら、聞いているのかな。


「あ、そうだった。平野さんが石橋さんに、
ボールのことをありがとうと伝えてくれって……。言い忘れるところだ。
山波さんとの緊張した時間のことばかりが頭にあって」



『ありがとう……』



「平野さん、あの小さなバレーボール、ちゃんと持って帰りましたよ」

「そう……」


みいたんが渡した『おまもり』と書かれたバレーボール。

私がした行動、平野さんもよかったと思ってくれたのか。


「よし、片付け終了。帰りましょう」

「おぉ」


リーグ戦前の最初の練習試合は、いいことも悪いことも起こった、

慌ただしい日だった。





水曜日、『新大阪』の駅で降り、在来線に乗り、『TAKIZEN』のビルを目指す。

何年前だろう、大阪と言えば、

ちゆきに頼まれて『新喜劇の舞台』を一緒に見に来たことがあったな。

食べ物も美味しかったし、泊まったのはビジネスホテルだったけれど、

好き放題話しが出来たらそれでよかったし、動きやすい便利なところだった。

駅についたら連絡をしてほしいとメッセージがあったので、

私はその通り、最寄り駅の改札を出た後、和成に連絡する。

それから数分後、指定されたお店についたので、先に座って待つことにした。

和成が来てくれたのは、10分くらいしてから。


「ごめんね、忙しいのに」

「いや、そっちこそわざわざここまで」


和成は『電話でよかったのに』と、いつものように優しい笑顔で言ってくれる。


「なんとなく、少し動きたかったのかも」


これから週末はほとんど練習試合と、練習が詰まっている。

全てに担当として名前が書かれているわけでは無いけれど、

『バーズ』の活動日に、全く関係の無いことをするのは、気が引けるような……


「大阪は、初めて?」

「ううん……ちゆきと来たことがある」

「あぁ……ちゆきちゃんか、元気?」

「うん、今も病院で事務をしている」

「そう」


和成は、ちゆきとも会ったことがある。

一緒に食事をした時、ちゆきが友達を紹介してくださいよと、

酔っぱらって言ったことがあったな。


「結花の返事は……ノーってことだろ」

「エ……」


切り出す前に、言われてしまった。

和成はメニューを持つと、セットが美味しいからと2人分注文してくれる。


「結花らしいと思ってさ。大阪に行ってもいいかと聞いてきた時に、
あぁ、これはダメだなとそう思った。だから、電話でいいよと言おうとしたけれど、
でも……俺ももう一度会いたかったから」


和成は、悪い返事だからこそ、きちんとしたかったのだろうと私を見る。

すっかり見抜かれてしまい、頷きながら照れ笑いをするしかない私。


「そうか、お見通しか」

「まぁな」


この人とならと、将来を考えた瞬間もあった。

やはり、私のことも、きちんと見てくれていて。

和成らしさが言葉の端々に出てくることに、少し切なくもなってしまう。


「和成と別れてからね、正直、色々なことを思い出したりした日もあったの。
こんなふうになったのは、自分のわがままだったかなとか、
もう少し方法はなかったのかな……とか」

「うん」

「でも、今の仕事に就いてから、少しずつ考え方が変わった。
あと1歩、踏み出せなかったのは、今までの自分が、
受け入れているだけで終わっていたからだと」


きっかけはいつも相手の方で、用意された場所も、自分にとって嫌で無ければ、

それでいいと思い込んでいた。『この先の場所』がどこかにあるだろうから、

そもそも、仕事もそれまでだろうと考えていたし。


「『バレーボール』始めたでしょう、運動音痴の私が、ウソみたいだけれど、
自分でやってみたいと思ったの。なんだろう、自分から行動すること自体、
私ってあまりない人だから」


今まで何かを始める時は、いつも人から話を聞き、なんとなくその流れに乗っていた。


「まだまだ、プレーは全然ダメダメだし、
『出来ている』と胸を張って言える状態じゃないけれど、自分で頑張ると決めたから、
小さな進歩でも、頑張ったって思うことが出来て……」


『ラッコーズ』の活動。

壁あてが5から6になった日、7から8になった日。

大きな壁を乗り越えたと思えるくらい、充実感があって……


「自分の人生で、初めてとも言える時間を、もう少し歩いてみたいなと……」


30歳になって、初めて得た感覚。


「周りのアスリート達に、影響を受けたってことか」


和成の言葉に、私は素直に頷いた。

そう、私は色々な人から影響を受けた。

『バーズ』のみんなの頑張り、そして……



自分にも相手にも、『バレーボール』に関しては妥協を許さない人。

『自分で決めた道』を全力で、誰よりも努力をして進むこと……それを教えてくれた人。



「それなら、それからでもいいよ……と俺が言ったらどうなるの?」

「エ……」


和成の切り返しに、私は押し出す言葉が出なくなった。


【16-5】



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