17 広報失格③ 【17-1】

17 広報失格③



「よかったね、処分できて」

「処分は……してないけど」

「……は?」


朋花は『どうして』と私を見る。


「いや、だって、なんとなく人の名前が書いてあるでしょう。しかも手書きだし」

「いやいや、手書きって言ったってどうするつもりなの」


そう、朋花の言う方が100%正しい。

平野さんではないことがわかり、手紙をもらったはずの本人もここにはいない。

さらに、出した方もこれだけ反応がないのだから、ダメだったことには、

すでに気づいているはず。

持っていても、何も動かないし何も変わらない。


「三ツ矢さんからね、下の時田さんが三井さんの知りあいだって聞いたから……」

「時田さん?」

「この部屋の下に住む人……らしい」


朋花は『らしい?』と指で床を差す。


「だから……この部屋の下に住む時田さんって人が、手紙の相手、
三井さんを知っているらしいの。だから、渡してもらおうかと思って。
ポストに、上の石橋ですが……と手紙を書いて入れてあるから。
読んだら連絡くれるかなと」

「ちょっと待ってよ、手紙、渡そうとしているの?
入ってからどれくらい経っているのよ。もういらないよ、絶対に。
いいじゃないの捨てちゃえば」


そう、そうなのだけれど……

『平野旬』の名前が、その名前のインパクトが私の決意を鈍らせる。


「嫌なのよ、人の思いが入っているものを無断で捨てるって行為が」


そう、自分宛ではないものに対して、責任を負うことが嫌なのだ。


「妙なことするよね、お姉ちゃん」


朋花の追求はここまでになった。

もしかしたら、姉の特殊な雰囲気を察し、引いてくれたのかもしれないが。

その後は、みち君と一緒に回った旅行の写真を、スマホで見せてもらう。

『結婚しないの?』と聞くと、朋花は、もう少し自由にしていたいと笑いながら、

私のベッドに寝転んだ。





その週末、『バーズ』はまた練習試合に挑み、5セットのうち3セットを奪った。

これで練習試合は全て勝ち越している。

今年の滑り出しが上々なので、松尾さんの報告によると、

リーグ戦のチケット売り上げも、結構伸びがいいという。


「リーグ戦、11月のスタートダッシュ、これが出来たらいいですけどね」

「そうだな」


カレンダーは10月に突入した。

『バーズ』の残りの練習試合は1試合。

それが終わったら、本当の戦いとも言えるリーグ戦が始まる。

ファンクラブの会報も、準備が順調に進んでいること、さらに新しい攻撃が、

完成したことなど、明るい内容でまとめていく。

頑張ろうという気持ちが私にもいい影響を与えたのか、その次の木曜日、

嬉しい出来事は、思いがけないタイミングで訪れた。


「9……10!」


壁あて10回が、その日初めて出来た。

数は10をそのまま通り過ぎ、11回まで進む。


「やったね、石橋さん」

「あ……はい。やっとです」


本当にやっとのことだけれど、あれだけ越えて行くのに大変だった回数の壁が、

今日はすんなりと越えられた。

ボールに対しての腕の出し方、腰の落とし方、少しずれた時の修正。

数ヶ月頑張ってきた中で、自然と身についた。

以前、平野さんに言われたように、腕だけで打たずに、体全体で送り出す。

すると、素直な回転で壁にあたるため、次が出やすくなるのだ。


「石橋さん」


澄枝さんは私に近づくと、耳元で小さく話す。


「これで見られるじゃない、平野の……なんだっけ、雲の……ってやつ」


私は返事の代わりに、笑って見せた。

そう、なぜ『ラッコーズ』に入ろうとしたのかと澄枝さんに聞かれ、

きっかけが平野さんの『雲に乗るトス』だったことを、話したことがある。



体がスッとボールの下に入り、両手が包み込むように送りだしたボールは、

柔らかい風に吹かれ、雲の上に乗っていったような、綺麗なトスで……



『担当を変えて欲しい』



初めて自分で決めた目標をクリアした日は、嬉しいような、少し寂しいような、

複雑な気持ちが交差した。





練習試合のない土曜日、仕事を終えた私は、ちゆきと待ち合わせをして、

食事をすることになった。ちゆきは高校生以来の短さだと言いながら、

ショートカット姿で現れ、私を驚かせる。


「ずいぶん切ったね」

「切ったよ。思い切って短くした」


ちゆきはメニューを見ながら、髪に触れる。

予約がたくさん入るような、人気の美容師に切ってもらったらしいが、

その動きが特殊で、途中でおかしくなってしまったと笑う。


「体をゆすりながら切るのよ。なんだろう、あれがリズムなんだろうね。
でもさ、私にはツボで、もうおかしくて、おかしくて……」


ちゆきは『こんな感じよ』と自分の体を少し揺らしてみせる。


「ねぇ、ちゆ。何かあったのなら言ってよ」


つい、そう聞いてしまう。


「ん? あ、もう、やだな、結花。髪を切ったら何かがあるって、古いよそれ」

「そうかな」


ちゆきは、病院で一緒に働く先輩が、髪の毛をバッサリ切ったのが、

とても似合っていたので、自分もやってみたくなったと話す。


「ショートにしたのは、何かがあったというより、
何かが起きて欲しいというそういう状態かな、逆だね、逆」


ちゆきは『何にもないのよ、刺激が』とため息をついた。


【17-2】



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