「よかったね、処分できて」
「処分は……してないけど」
「……は?」
朋花は『どうして』と私を見る。
「いや、だって、なんとなく人の名前が書いてあるでしょう。しかも手書きだし」
「いやいや、手書きって言ったってどうするつもりなの」
そう、朋花の言う方が100%正しい。
平野さんではないことがわかり、手紙をもらったはずの本人もここにはいない。
さらに、出した方もこれだけ反応がないのだから、ダメだったことには、
すでに気づいているはず。
持っていても、何も動かないし何も変わらない。
「三ツ矢さんからね、下の時田さんが三井さんの知りあいだって聞いたから……」
「時田さん?」
「この部屋の下に住む人……らしい」
朋花は『らしい?』と指で床を差す。
「だから……この部屋の下に住む時田さんって人が、手紙の相手、
三井さんを知っているらしいの。だから、渡してもらおうかと思って。
ポストに、上の石橋ですが……と手紙を書いて入れてあるから。
読んだら連絡くれるかなと」
「ちょっと待ってよ、手紙、渡そうとしているの?
入ってからどれくらい経っているのよ。もういらないよ、絶対に。
いいじゃないの捨てちゃえば」
そう、そうなのだけれど……
『平野旬』の名前が、その名前のインパクトが私の決意を鈍らせる。
「嫌なのよ、人の思いが入っているものを無断で捨てるって行為が」
そう、自分宛ではないものに対して、責任を負うことが嫌なのだ。
「妙なことするよね、お姉ちゃん」
朋花の追求はここまでになった。
もしかしたら、姉の特殊な雰囲気を察し、引いてくれたのかもしれないが。
その後は、みち君と一緒に回った旅行の写真を、スマホで見せてもらう。
『結婚しないの?』と聞くと、朋花は、もう少し自由にしていたいと笑いながら、
私のベッドに寝転んだ。
その週末、『バーズ』はまた練習試合に挑み、5セットのうち3セットを奪った。
これで練習試合は全て勝ち越している。
今年の滑り出しが上々なので、松尾さんの報告によると、
リーグ戦のチケット売り上げも、結構伸びがいいという。
「リーグ戦、11月のスタートダッシュ、これが出来たらいいですけどね」
「そうだな」
カレンダーは10月に突入した。
『バーズ』の残りの練習試合は1試合。
それが終わったら、本当の戦いとも言えるリーグ戦が始まる。
ファンクラブの会報も、準備が順調に進んでいること、さらに新しい攻撃が、
完成したことなど、明るい内容でまとめていく。
頑張ろうという気持ちが私にもいい影響を与えたのか、その次の木曜日、
嬉しい出来事は、思いがけないタイミングで訪れた。
「9……10!」
壁あて10回が、その日初めて出来た。
数は10をそのまま通り過ぎ、11回まで進む。
「やったね、石橋さん」
「あ……はい。やっとです」
本当にやっとのことだけれど、あれだけ越えて行くのに大変だった回数の壁が、
今日はすんなりと越えられた。
ボールに対しての腕の出し方、腰の落とし方、少しずれた時の修正。
数ヶ月頑張ってきた中で、自然と身についた。
以前、平野さんに言われたように、腕だけで打たずに、体全体で送り出す。
すると、素直な回転で壁にあたるため、次が出やすくなるのだ。
「石橋さん」
澄枝さんは私に近づくと、耳元で小さく話す。
「これで見られるじゃない、平野の……なんだっけ、雲の……ってやつ」
私は返事の代わりに、笑って見せた。
そう、なぜ『ラッコーズ』に入ろうとしたのかと澄枝さんに聞かれ、
きっかけが平野さんの『雲に乗るトス』だったことを、話したことがある。
体がスッとボールの下に入り、両手が包み込むように送りだしたボールは、
柔らかい風に吹かれ、雲の上に乗っていったような、綺麗なトスで……
『担当を変えて欲しい』
初めて自分で決めた目標をクリアした日は、嬉しいような、少し寂しいような、
複雑な気持ちが交差した。
練習試合のない土曜日、仕事を終えた私は、ちゆきと待ち合わせをして、
食事をすることになった。ちゆきは高校生以来の短さだと言いながら、
ショートカット姿で現れ、私を驚かせる。
「ずいぶん切ったね」
「切ったよ。思い切って短くした」
ちゆきはメニューを見ながら、髪に触れる。
予約がたくさん入るような、人気の美容師に切ってもらったらしいが、
その動きが特殊で、途中でおかしくなってしまったと笑う。
「体をゆすりながら切るのよ。なんだろう、あれがリズムなんだろうね。
でもさ、私にはツボで、もうおかしくて、おかしくて……」
ちゆきは『こんな感じよ』と自分の体を少し揺らしてみせる。
「ねぇ、ちゆ。何かあったのなら言ってよ」
つい、そう聞いてしまう。
「ん? あ、もう、やだな、結花。髪を切ったら何かがあるって、古いよそれ」
「そうかな」
ちゆきは、病院で一緒に働く先輩が、髪の毛をバッサリ切ったのが、
とても似合っていたので、自分もやってみたくなったと話す。
「ショートにしたのは、何かがあったというより、
何かが起きて欲しいというそういう状態かな、逆だね、逆」
ちゆきは『何にもないのよ、刺激が』とため息をついた。
【17-2】
コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪
コメント