17 広報失格③ 【17-3】



最後の練習試合に向けた練習。

担当の私は体育館の隅に立ち、ホームページ用の写真撮影。

練習開始から30分後、コーチの運転する車で戻ってきたのは市川君だった。

少し肘に違和感があるといい、大事をとって診察に向かったという。


「市川君、大丈夫だった?」

「はい、レントゲンも問題なく。でも、今日は無理しないようにします」

「うん、そうして」


よかった。

市川君の他に、セッターポジションには網元君がいるが、やはり実力は1枚上。

スタートダッシュには、彼の力が絶対に必要だ。


「今、先生のところにいったら、澄枝さんに会いましたよ、『中華二番』の」

「エ……澄枝さん、どこか悪いの?」


先週の練習では、何もなかったけれど。


「それが、僕と同じ肘だって。あ、でも、澄枝さんは廊下を雑巾がけしていて、
転んだそうですけど」


チームドクターもしてくれている整形外科の先生。

ご近所のため、知っている人とこうして偶然会ってしまうこともある。


「で、聞きましたよ、壁あての話。『10回成功』やりましたね」


市川君はそう何気なく言うと、サポーターをつけ、テーピングを巻き始めた。


「あ……うん」


10回出来た壁あては、あれからまた回数を伸ばし、15回まで出来た。

そのおかげで、気持ちの余裕も生まれ、今では失敗もほとんどなく、

10回には到達するようになっている。


「平野さんに言いましたか? あ……もしかしたらもう、見せてもらいました?
雲に乗るトス」


市川君は、私を見る。

私は軽めに首を振った。


「どうして……」


どうして……


「石橋さん、やっぱりあの日……何かありました?」


市川君は、私と事務所前で鉢合わせした日のことを言っているのだろう。

平野さんが、『担当を変えてくれ』と、松尾さんに直訴していた日のことを……


「事務所前で会いましたよね。入るのかなと思ったら、急に辞めてコンビニだって。
あの日、事務所に珍しく平野さんがいて。松尾さんと何やら話していましたけど、
で、その後ですよね、平野さんの担当が小松さんに変わったし……」

「ううん、それは関係ない。大丈夫」


私は、市川君の前を離れることにする。

どうしてなのかわからないけれど、市川君には結構気持ちを見透かされるというか、

なんとなく、読まれてしまう気がして……




離れて欲しいと言われているのに諦めきれず、姿を追ってしまう私の気持ちを……




「市川、準備出来たか」

「はい、今」


私の横を、市川君が通り過ぎていく。

そこからはまた、緊張感のある練習がスタートした。



カメラに収めた写真、まぁ、思っていたより撮れたかな。

今までの生活で、これだけのカメラを扱ったことなどなかったのに、

広報になって、必要だからと数をこなしてきた結果、それなりに撮れるようになって、

岸本さんや明石さんには、上手だなんて持ち上げてもらうことも増えた。



人は、いくつになっても学ぶのだなとそう思う。



チームの練習時間はまだあるけれど、私の仕事は終了。

8時を少し回ったため、『総合体育館』を出て駅に向かって歩くことにする。

こちらにきて、数ヶ月経った今頃だけれど、

地下駐車場を端まで歩き、図書館側から外に出ると、

カーブ2つ分くらい駅までの距離を得するのだと、守衛の叔父さんに教えてもらった。

そのため、今日はその通りに歩くことにする。

階段を降りていると、後ろから足音がし始めた。



誰?



平野さん……



「駅だろ、乗せていってやるよ」


平野さんは私を追い抜き、前に出た。


「平野さん、練習は……」

「今日は予定があるから。監督にはもちろん話しをしてある。
別に、言い合いで放り出してきたわけじゃないから」


平野さんはそういうと、ポケットから車の鍵を取り出した。


「私は大丈夫ですから、予定があるのならどうぞ……」


平野さんに車に乗せてもらって、駅までなんて時間は必要ない。

変に時間があったら、余計なことを口走りそうで。

松尾さんにも理由をハッキリ語らないという平野さんが、

私に担当変更の理由を話すとは思えないし、

いや、単純に『お前が気に入らない』と言われたら、やはりそれも辛いし。

そう思うのに聞けるチャンスがあったら、『なぜなのか』と責めたくなってしまうはず。

わかりました、変わります、平野さんの思うとおりになんて大人の対応をしたけれど、

本当は……全然、割り切れていない。



『最後まで、あなたのそばで……』



だから、このまま無視してもらった方が……



「態度に出すね」


平野さんの台詞と表情が、私に向かって鋭い矢を向けてきた。



『態度に出すね』って……



「人の親切など必要ない……か。ようは腹を立てているわけだろう、俺の言ったことに。
松尾さんと話しをしている時、聞いていて」


平野さんも、私がいたことに気づいていた。

そうだよね、市川君があの後、中に入ったわけだし。


「腹を立てているわけではありません」


腹が立つという感情は、違っている。

悲しくて、悔しくてという思いは、あるけれど……


「入ってくればよかっただろう、それなら。
いつものお前みたいにさ、『なんでそうなのか』って言えばよかったんだ」



『言えばよかった』



どういうこと? 松尾さんにも何も言わなかったのに、

私が言ったら理由を話してくれたということだろうか。


「理由は……わかっていますから」


そう、そうなのだろう。

『私が気に入らない』、絶対にそう決まっている。

本当はハッキリと言ったけれど、松尾さんが私に気をつかってきっと、

聞いていないと言ったんだ。


「あ、そうですか、それなら無理に乗ってくださいとは言わないよ」

「失礼します」


諦めるための、時間……それが今私には必要だから……


「そうだよな、壁あても10回出来たらしいけど、俺には何も報告ないもんな」



エ……



「さっき、市川に言われたよ。お前が遠慮しているのだろうって。
リーグ戦が近くなっているし。『雲に乗るトス』だの、もう一度みたいだの、
練習だけしか出来なくても、バレーは楽しいだの言っていたけれど……。
まぁ、別に俺から見てくださいと頼むものでもないしな」


私の少し後ろで、カチャンと音がして、平野さんが車に乗り込む音がする。

『このままでいいのか』という私の感情が、瞬間的に頭から飛び出した。


【17-4】



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