17 広報失格③ 【17-5】



「はぁ……」


出来たら時間も感じたくないし、気温も感じたくない。

閉ざされた空間の中に、自分を押し込めたい。



テレビ画面の中で、稲穂を持った総理大臣が、嬉しそうに笑っている。

『特Aランク7年連続』か。きっとあれ、いいお米なんだろうな。



ブランケットの温かさ……

思いがけず、抱きしめられた感覚と……



そして、触れた唇の感覚が戻ってくる。



平野さんから出された、『連れて行けない』という思いがけない言葉に反応した私は、

首に手を必死に回し、思い切り背伸びをしてすがりつき、

『離れたくない』という思いで自分からキスを……



そう、キスをした。



頭の中が空っぽになり、息をすることも忘れていて。

離れた瞬間からは、あまりの恥ずかしさと気まずさに、

平野さんの顔も見ないで、ただ走り出した。



自分から人にキスをするなんて、30年生きてきてこんなこと初めてで……



抱きしめられなかったら、違っていたのかもしれないけれど、

『連れて行けない』という言葉が、あまりにも予想外で切なく聞こえて……

いつも強気な平野さんが、なぜかこのまま崩れてしまいそうで、

もっと触れたくて、離れたくなくて、どうしようもなかった。



総合体育館の地下、誰が来るかもわからない駐車場。

松尾さんには、あんなに冷静に自分は大丈夫だなんて言っておいて。

本当は全然大丈夫ではなくて、苦しかったから。



平野さんに、思い切りぶつけてしまった。



『連れて行けない』

気になる言葉の意味、何もわからない。

個人的な感情を思い切り見せてしまった私は、誰に聞くまでもなく、

間違いなく『広報失格』だった。




それでも、気持ちが抑えられなくて……







そうだ……ちゆきに言われたな。

私の恋は、いつも『ふつふつ』だって。


たとえ相手が妻子持ちで、それが不倫でも構わないとか、

何か他のことをしていてもその人のことを考えてばかりいるとか、

そういった熱い気持ち、それが足りないって……



これが、そうなのだろうか。

平野さんの『連れて行けない』という台詞に押され、私は前に出てしまった。



たとえ先が無くても、この瞬間だけでも、

あなたと一緒にいたいという気持ちが、全ての感情を飛び越えた。

離れてしまったら、次がいつ来るのかわからないくらいの不安。

その思いが……





全てを飛び越えてしまった。





「おはようございます」

「おぉ、おはよう」


気まずさは最高潮だけれど、仕事を放棄するわけにはいかない。

幸い、平野さんはこの工場に来て仕事をすることはないし、

練習で会うようなことがあっても、離れていればまぁ……

目の前にいる松尾さん、今日も午後から本社のはず。

コーヒー片手に、ずっと書類を見ている。



『松尾さん、私、昨日……』



いやいや、絶対におかしいでしょう。

今までの揉め事とは違う。ケンカしていたはずなのに、

途中から抱きしめあって、勢いでキスしてましたなんて報告、出来るわけないもの。

いや、そんなことを話したら、即、広報を降りろと言われるだろう。

『職権乱用』

いや、こういうときに、その言葉、使うかな。


「おはようございます」

「おはよう」


本田さんの声。本田さんは昨日、練習見に行ってないよね。


「どうでしたか? 昨日は」

「あ……うん、結構みんな頑張っていた。サインプレーもうまくいっていたし……」

「平野さんが……」

「エ!」


まずい……極端に大きな声になっている。


「どうしました? 石橋さん、ボリュームおかしくないですか」

「ごめん……」


平野さんの名前に、反応してしまった。


「平野さんが……何か……」

「昨日、『MAZINO』の池田さんから電話があって、
平野さんに少し見てもらいたいものがあるからって言われて。
8時くらいには体育館を出ると話をしたら、なら間に合うから向かいますって……」


8時……ちょっと待って。私が体育館を出ようとしたの、確かそれくらいの時間だ。

ウソ……池田さん来ていたの?


「池田さんに会いましたか?」

「ううん……」


『MAZINO』の池田さんなら、絶対に車で来るよね。

あの、地下駐車場に車、置いたとしたら……

平野さんの帰りを、捕まえようとしていた……としたら……





どうしよう。





「どうだったのか、連絡してみた方がいいかな」


本田さんのつぶやき。

私は何も返事が出来ないまま、PC画面を立ち上げた。


【18-1】



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