23 新たな道へ

23 新たな道へ


「うーん……」

「蓮、ほら、タクシー来たから」

「ん?」


お店の女将さんにタクシーを頼み、私は眠っている蓮を起こした。

焦点が合わないのか、しばらくじっと人の顔を見ていたが、急に起き上がり、

こめかみを押さえる。


「雪岡教授は?」

「もう帰ったわよ、明日、学会に行くんだって。もし、発表が失敗したら、
蓮の責任だって笑っていたけど……」

「……ん」


こうして会って話をするのは1週間ぶりだった。

真実を知ってから、蓮なりに葛藤も、悔しさも全ての感情がぶつかりあったことだろう。

普段、絶対に酔って寝てしまうようなことのない蓮が、

こうして雪岡教授とお酒を飲んでいたことを知り、どこか安心したのも事実だった。


「あぁ……そんなに飲んだ記憶がないんだけどな」

「先生が驚いていたくらいだもの、相当速いピッチで飲んでいたんじゃないの? 
頭痛くない?」

「……うん」


自分の情けない姿を見られたと思ったのか、蓮はあまり視線を合わせることなく、

女将さんに頭を下げ店を出た。すぐにタクシーに乗り込んだ蓮は、

私とは反対の窓の外をじっと見る。


「滝川さんが蓮を心配してた。『クレア』の試験があるから、
受けるように言ってくれないかって、驚いちゃった、彼女泣いていたんだから……」

「そういえば向こうでも、たしかそんなこと言っていた気がする」

「内定、取り消されたりとかしそうなの?」


18年前のことで気持ちを乱した蓮に、さらに重い出来事が続くことが辛く、

私自身のことではないにせよ、気になり出す。


「いや、それはない。『ふたば』からも電話があったし、
そんなふうに気持ちを変えるつもりもないから。自分で選んだ企業なんだ、
ちょっと不安だからって、方向転換するようなことは考えてないし……」


蓮はこちらに視線を向けないまま、想いを口にした。

辛いからと言って逃げたりしないのだと、そう自分自身に言いきかせているように聞こえてくる。


「蓮が、先生と飲んでいるって知って、私、ほっとしたんだから」

「……ん?」

「菊川先生がね、待ってるよって蓮に教えたらそれでいいんだって、そう言ってくれたんだよ」

「とみちゃんが?」

「うん……」


私は座席に置かれた蓮の右手をしっかりと握った。

姿を見ていなかった時には、もしかしたら別れたほうがいいのではないかという気持ちも、

時々目を覚ましてきたが、こうしてそばにいてくれる蓮の存在を感じると、

とても離れることなど出来ないと、再確認する。


「私は……、これからもずっと蓮と一緒にいたい。ううん……ずっと蓮と一緒にいるから。
嫌だって言われても、そばにいたい」

「……」

「父が、幸さんとの関係からじゃなくて、自分と母親との過去から、幸さんとお母さんと思って、
仲直りさせようと広橋家へ向かったことも、お母さんが幸さんを心配して、
父を遠ざけようとしたことも、私たちが一緒になって、互いの親に伝えていこう。
その上で、私たちの想いが真剣なら、きっと……」


菊川先生と雪岡教授から言われた言葉をかみ締めながら、私はさらに強く蓮の手を握る。

初めはただ外を向いていた蓮が、その想いに応えるように、手のひらをしっかりと合わせてきた。


「きっと、架け橋になれる……」


静かなタクシーが私のマンションへつくまでの間、ただ、何も会話を交わすことなく、

黙ったまま、想いを伝えあった。





それからまた10日が過ぎ、蓮は、私のマンションへ来ると、ただ黙って『革命』を弾いた。

今までも何度かここで弾いてくれたことはあったが、最初の頃よりも指運びがスムーズになり、

音をはずすこともほとんどない。


「ねぇ、蓮。どこかで練習してるの? 弾くたびにうまくなってるけど……」

「練習というか、時々とみちゃんのところへ寄って、弾かせてもらっている。
なんだかさ、この曲が敦子のお父さんの弾き方と同じだと思ったら、
すごく親近感を持てる気がして。間違いなく弾けるようになったら、
きっと……全てを許してもらえるような、そんな気になるんだ」

「……蓮」

「気持ちの問題だけどね」


雪岡先生に気持ちをぶつけた蓮は、もしかしたら今、私以上に父に会いたいのではないかと、

そう思うようになった。私にとっても、蓮にとっても、園田修一を感じられるのは、

この『革命』だけになる。





蓮の『革命』が、父の色と、蓮の色を交わらせながら季節は過ぎ、

夏の色から、秋の色へ変わっていった。





「広橋蓮です」


私と蓮は、同じ東京に住む姉の家へ出かけた。

両方の親に会う前に、事実を知ってもらい意見を聞きたかった。

18年前の母の気持ちを思うと複雑だと語る姉に、義理の兄は、私達の立場を理解できると、

冷静に間に入ってくれた。


「涼子、君がお母さんと敦子ちゃんの間に入ってあげたらどうなんだ」

「そう簡単に言わないでよ。私だって気持ちは複雑なのよ」


姉はそう言うと、視線を一度蓮へ向けた。

初めて私が蓮のことを語ったとき、驚いた顔で別れを提案されたことを思い出す。


「もちろんです。いずれ、両親にも話をして、きちんとしたいとは思うのですが、
まだ、僕自身が母に話が出来ていない状況で……」

「お姉ちゃん……」


1歳半を過ぎた姪の繭は、もう、すでに歩き、ひとり遊びをし始める。

義理の兄は、そんな繭を抱き上げあやし始めた。


「涼子の複雑な感情も、理解できなくはないけれど、一番被害をこうむっているのは、
敦子ちゃんと、ここにいる蓮君だろう。二人はそんな過去を知らずに、付き合い始めたんだ。
今じゃ、立派な大人なんだから。親の理解なんてなくたって、結婚も生活も出来る。
あまり拒否し続けると、二人にその選択権しか、与えられなくなるような、
そんな気がするけどな」

「あ……」


義兄さんの言葉に、少し不満そうだった姉もなんとか理解し、交際を認める方向に、

気持ちを持っていく約束をしてくれた。





「緊張した……」

「やだ、お姉ちゃんに緊張したんじゃ、お母さんの前になんか出られないわよ、蓮」

「いや、逆にお母さんだと、まな板の鯉になれる気がするよ」

「まな板の鯉?」

「うん……気が済むようにしてくださいって、そう言える気がする」


笑いながらそう言った蓮のことを思うと、私は切なくなりすぐに手を握った。

誰のせいでもない、ちょっとしたいざこざを解きほぐすために、

彼はあと何回、頭を下げたら許してもらえるのだろう。



『今じゃ、立派な大人なんだから。親の理解なんてなくたって、結婚も生活も出来る。
あまり拒否し続けると、二人にその選択権しか、与えられなくなるような、
そんな気がするけどな』


「ねぇ、蓮」

「ん?」

「もし、どうしても許してもらえなかったとしたら、あなたについて行く勇気だけは
持っているつもりよ」


互いの親が、認めないと言い続けたとしたら、私は蓮についていくのだと、そう訴えた。

その言葉には少しのウソもなく、私にとって、今何よりも手放せないのは蓮なのだと、

あらためて思う。


「気持ちだけでいいよ、敦子。それをしてしまったら、本当に、垣内のお母さんが、
うちを許してくれることはないと思うから」

「エ……」

「正々堂々と、勝負し続ける。僕らは非難されるようなことは、何一つないんだから」



『僕は、諦めない……』



菊川先生に、そう告げた蓮のことを思い出し、私はただ、頷くことしか出来なかった。





季節は秋を深め、蓮が大学を去る日もだんだんと近づいてくる。

以前から言われていたように、私は母を東京へ呼び、蓮のことを話すために、

雪岡教授や姉に一緒にいてもらうことにした。


「お母さん、こっち!」


初めは会いたくないと言っていた母だったが、雪岡教授からの直接の電話に、

重い腰をしぶしぶあげ、大学への道を歩く。


「どうして大学で話をしないとならないの? 耕史さんの頼みだから仕方なく来たけど」

「うん……」


落ち葉の道を歩き、講堂へと進む。

学生のいない大学は、ひっそりとしていて物悲しささえ漂うようだ。


私たちの耳に少しずつ聞こえる音の正体がわかり、母は一度歩みを止めた。

その懐かしい音色は、忘れていた何かを思い出させる。


「……修一さん」


同じような想いに顔を上げた姉も、その音が聞こえてくる場所へ目を動かした。





24 母の涙 へ……




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コメント

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駆け落ち?

辛くても逃げない。諦めたりしない。
蓮の硬い決意が伺える。

父の「革命」がいつしか蓮の「革命」に変わって
いく。敦子も蓮についていくと決めたのだから
もう揺れることは無いでしょう。
何も知らずに愛し合ったことが罪のような、切ないな。

義兄の言葉が痛い。

No title

こんにちは!!e-454

決意も新たに・・・というところでしょうか

ただ好きになって、一緒にいたいと思ってただけなのに
二人に重く圧し掛かって来た過去。

敦子さんのお義兄さん冷静で的確ですね。
お義兄さんの言葉に、そうなったらまた悲しみが増えるだけで
2人は本当に幸せにはなれない。
もしかして、誰も幸せになれないかも・・・
そう思いました。
渋々でもお姉さんが認めてくれてよかった。

敦子さんのおかあさんとの話はうまくいくかなぁ?
そう簡単に納得できるものではないけれど
お父さんの楽譜で弾く『革命』が助けてくれるといいな。


      では、また・・・e-463

募る想い

yonyonさん、こんばんは!

>何も知らずに愛し合ったことが罪のような、切ないな。

知る時期って、大事ですよね。迷っている頃なら、引けたかもしれないけれど、
互いを知ってしまってからは、想いが募る一方になりました。

義理の兄は、冷静にものが見られるので、意見もズバリになるのでしょう。

それでも前へ!

mamanさん、こんばんは!

>敦子さんのお義兄さん冷静で的確ですね。

妻である姉の涼子や、義理の母愛子の気持ちもわかるけれど、
自分が蓮の立場なら……と、冷静になれるのは義兄しかいないですからね。

>敦子さんのおかあさんとの話はうまくいくかなぁ?
 そう簡単に納得できるものではないけれど

そうですよね。
はい、わかりましたとはいかないと思います。
それでも、前へ進んでいくしか、道はないので……。
次回、1週空きますが、また、見に来てくださいね。

一人ずつ

yokanさん、こんばんは!

>一人ずつ、一人ずつ、説得していくしかないんだよね。
 ゆっくりでもいいから、皆さんに理解してもらって
 祝福されたほうがいいもの・・・

そうなんですよね。
義兄が言うように、想いを貫くことも出来るけれど、それじゃ解決にはならないし、
家族はいがみ合ったままになってしまう。

蓮と敦子の想いは、母に届くのか……
は、1週空きますが、ぜひ、また見に来てください。