19 隠された秘密① 【19-4】



「石橋さんには、どこかで話そうとは思っていたのに、
向こうだとなかなかタイミングがね」


何だろう、松尾さんとなら今までだって何度も会えていたし、

話があるのなら、話すチャンスだってあったはずなのに。

しかもわざわざ本社まで。

『タイミング』という言葉を出され、話の中身がさらに気になり鼓動が速くなる。


「話は、平野のことなんだ」


平野さんのこと……


「この年末から、年始。まぁ、2月くらいからかな、色々と起こるのだけれど、
まず、一つの事実だけ」

「はい」

「平野が……チームを離れた」


松尾さんはその短く重い言葉を、ゆっくりと押し出した。




平野さんが……チームを……




「あの……怪我ですか。あ、あの練習試合の……」


何もないようにしていたけれど、本当は……


「いや、怪我ではない。この話を納得してもらうには、
あいつの抱えている事情を、みんなに話さないとならなくて。
この後、チームには場所を作って話すつもりだ。若松さんは知っているけれど、
あとはコーチ以下、誰も知らない。本田や小松もだ」


怪我ではない平野さんが、何かの事情でチームを離れた。

それはもう、試合に出ないということだろうか。


「こんなふうに急にチームを離れることにならなければ、
平野自身がどこかで、みんなに語ろうと思っていたようだが」


平野さんが、みんなに……


「石橋さんをここに呼んだのは、君は他のメンバーと一緒に話を聞かずに、
先に事情を語った方がいいと俺が判断したから。報道規制がかかるのは、
どうも来年の1月いっぱいらしい。その後は、どこかからでも出てくるはずだ」


松尾さんはポケットから1枚の名刺を出し、テーブルに置く。



『STEM』



時田さんから聞いた話。

平野さんが、この会社の会長の孫だという話が、一気に存在感を持つ。


「この企業は知っているよね」

「はい」

「平野は……この『STEM』の現会長『平野威一(たけいち)』の孫で、
選手を引退したら、このグループに入ることになっている」


本当にそうだったのだ。

平野さんの次の目標は、この会社……


「まずは、俺と平野との出会いから聞いてくれ。あいつと俺が会ったのは、
あいつが高校生の頃だった。バレーをしている子で、
ものすごく素質があると、当時の監督がよく話していて」


高校生……確か、その頃平野さんはセッターだったと、市川君から聞いた。


「実力もあるし、本人さえやる気になれば、大学生で全日本もあり得ると聞いて、
競技は違うけれど、単純に会ってみたくなった。見たら、本当にうまくてね。
バレーに関しては素人の俺でも、これは才能が違うとすぐにわかった。
一つずつのプレーが綺麗で、確実で。でも、その先を考えているから、
ものすごく大胆なプレーが出る時もある。とにかく魅力があった。
でも、平野自身と話しをしたら、大学にも進学はするが、
バレーのその先を考えてはいないと……言って」


バレーボールの監督と、松尾さんは大学が一緒だったため、

競技は違っていたが、交流があったという。


「あいつが大学1年の時、おじいさんが会長になり、平野のお父さんが社長に就任した。
元々は、平野にとってお母さんが会長の娘で、お父さんは婿になる。
今、日本では世襲の企業は減ってきているけれど、一族の歴史があって、
海外の製薬会社や、国内の会社とのつながりもあり、
『STEM』の流れも自然だとそう思えた」


平野さんの、お父さんとお母さん。


「しかし、その2年後、クーデターとも言える出来事が起きる」

「クーデター……」

「あぁ、平野が大学時代、注目される選手になり、
全日本でも名前を出される存在だったため、『STEM』側としては、
大学卒業後に会社に入り、しっかりと経営を学び、
その後経営陣に組み込むのは、無理ではないかという判断を下される。
まぁ、それもクーデターを起こすための言い訳のようなものだが、
下で働いていた数名の役員が、会長の弟、
平野にとっては大叔父になる『高鍋貞三』さん、その人を立てて社長にした」


『STEM』は平野さんの曾祖父が興した、小さな製薬所がスタートだった。

その息子が社長となり、その後も続く流れを期待していたが、

娘しか生まれなかったため、婿であるお父さんが次の社長に選ばれた。

しかし、当時も役員として入っていた大叔父夫婦は、

婿という立場で、平野さんのお父さんが社長の地位を取ったことが納得いかず、

それならば、曾祖父からの直系の流れをしっかりと受け継ぐ、

自分たちが経営のトップになるべきだと主張した。

会長の弟、『高鍋貞三』さんは、威一さんとは母違いの兄弟で年齢も15違う。

しかし、確かに会社を立ち上げた曾祖父からそれば、同じ息子だった。

大叔父は、一度は弟だからと後ろに下がり、母方の名字高鍋を名乗ることになったが、

自分たちにはその後の跡取りになる息子もいるため、

会社に入るかもわからない平野さんの存在に揺れ動き、

一族経営の流れもなくなってしまったらと、危機感を覚えた。

その結果の『クーデター』。



一族の地位を守るため



「平野はバレーはあくまでも楽しみで、大学を卒業したら、自分も会社に入って
1から学ぼうと考えていたが、あいつがその結論を出す前に、
状況ががらりと変わってしまった」


結局、平野さんのお父さんは社長を解任され、グループ企業に役員職を与えられる。

会長の弟で、最初は母方になる高鍋家に入っていた『高鍋貞三』さんが、

その地位に就いた。

名字は違うものの、高鍋家には息子が2人いて、長男の厚彦さんは『STEM』に、

次男の道彦さんは、母方の企業である物流関係の仕事に就いている。


「この出来事で、社長を守ろうという者と、新しい社長を受け入れようとする者と、
社内が2つに割れたような状態になったこともある。
元々、社員の不満があったわけではなくて、考え方のちょっとしたずれだから。
でも、揉めていて会社が動かなくなるのは、
会社にとってマイナス以外の何ものもないと思った平野のお父さんは、
すぐに身を引くことに決めた。
『バレーボール』という才能に恵まれた平野には、一族の歴史などを引きずらず、
自由に未来を選んで欲しいと、そう思ったのかもしれないが……」


平野さんのお父さんは娘婿であるから、言いたいことも言えないような状況。

それでも、期待されていることに対して、社員として答えようとする思い。

その両方の板挟み。


「平野はバレーの実力で、大学生の頃から全日本からの誘いが入った。
でも、あいつは学部も経営学部を選んでいたし、
バレーはあくまでスポーツとして取り組むつもりで、2年までは断り続けた。
でも、『唯一無二』の逸材を知った世間が、『スター誕生』だと騒ぎ出して、
学生の選手権にもマスコミが押し寄せ、引くに引けない状況になってしまう」


当時の全日本は、エースだった山波さんが年齢で限界を見せていた状態で、

『この人』というスターもいなかった。大学に入り、サウスポーを生かし、

アタッカーになっていた平野さんは、周りの期待の渦に巻き込まれていった。


【19-5】



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