20 隠された秘密② 【20-5】



仕事が終了した後、松尾さんに呼びだされた市川君。

もちろん話は『全日本のこと』になる。


「合宿に入ると、規則として勝手な行動は出来なくなっていることは知っているだろう。
その間だけは管理が別になるから」


『企業チーム』から『全日本』という国単位の話。

毎日、あっちにこっちにと動かれては、確かに管理が出来なくなる。


「はい、それはわかっています」

「うん……。今年、うちがなかなかの成績で、
『チャレンジマッチ』まで行けるかもというところに持ち上げたのは、お前の力が大きい。
だからこそ、ここは遠慮無く全日本に行ってこい。いいか、市川、
これは若松さんの言葉でもあるからな」


話を聞いてから、少し辛そうな表情の市川君に、松尾さんはそう声をかけた。

私はデスクでデータを確認しながら、黙って聞くことしか出来なくて。


「俺も野球で代表選手になったことがあるから、言わせてもらうけれど。
個々の実力の差なんて、1部と2部ほどの差はないと思っている。
でもな、監督やコーチに見てもらわなければ、評価が始まらないんだ。
2部の選手がなぜ不利なのか……それは2部だからだよ」


1部の選手達が全日本に多いから、そういう中でプレーをしている選手の方がうまい。

こういった考え方が、一般のお客さん達にも浸透している。

同じような実力がある選手ならば、少しでも名前がある方、呼びやすい方、

そんなスポーツ以外の要素も、多いのが現実だ。


「お前が上でプレーすること。平野が……一番それを望むと思うぞ」


平野さんの名前が出て、市川君の顔があがる。


「あいつなら絶対に、行けと言うだろう」


松尾さんは、市川君の肩をポンと軽く叩く。


「……はい」


市川君は立ち上がり、『よろしくお願いします』と松尾さんに頭を下げた。

その後、松尾さんは本社に向かい、事務所には私と市川君が残る。

市川君、決めたような台詞を出したけれど、まだ迷いがありそう。


「市川君、お茶、もう1杯飲む?」

「あ……すみません、俺ボーッとして。石橋さんもう帰りますよね」

「ううん……もう少し切りがいいところまでやるから平気だよ」


私は自分の分の湯飲みにも、お茶を入れていく。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


認めてもらえたとはいえ、チームが大事な時に離れなければならないのは、

辛いだろうな、市川君。


「松尾さんに言われて、『はい』と言いましたけど、でも、こうしていると、
だんだん自信がなくなってくるんですよね」

「……うん」


気持ちはわかる。

人に優しい市川君だから、余計にそう思うだろう。


「もう一度、全日本に呼ばれる選手になりたいと、そう目標を持ったはずなのに……」

「澄枝さんから聞いたよ」

「あ……そうだ、調子に乗って、俺、話してました」


市川君は、今年のシーズンは平野さんが入ったことで、トスの選択肢も広がり、

思い通りのプレーが出来ていたので、そんな強気の台詞が出たのかもしれないと、

照れくさそうに笑う。


「『雲に乗るトス』……ですよね」


私は黙ったままで席に戻り、仕事の続きをしようとペンを持つ。


「石橋さん、結局、見せてもらっていないのですか」

「……うん」


色々な出来事や現実が、どんどん降りかかってきて、

そんな約束を前に押し出す場所が、無くなってしまった。


「僕、平野さんに話しましたよ、石橋さんがちゃんと課題をクリアしたこと。
だから『雲に乗るトス』を見せてあげて欲しいと……」

「うん」


そう、市川君から平野さんは、私が『壁あて10回』が出来たことを聞いた。

駐車場で、どうして言わないのかとか言い合いになって……



この先は思い出さないようにしないと。



「以前、俺にも見せてくださいよって、そう言ったことがあるんです」


市川君は、昔の自分を思い出したいからと理由をつけて、平野さんに迫ったという。


「トス?」

「はい。そうしたら、平野さんなんて言ったと思います?」


市川君は、少し笑みを浮かべながら私を見た。

きっと言われて楽しかったのか、嬉しかったのか、そんな表情。

でも、私にはわからないので、普通に首を振る。


「まずお前が100本、ノーミスでトスをあげてみろって……。
100本をノーミスですよ、あり得ない、無理なことを言われました」


100本のトスをノーミス。

精密機械でないと無理な気がする。


「平野さん言った後笑っていて」


平野さんと市川君。

なんとなく、会話の雰囲気が想像出来る。


「自分がバレー選手として評価されたのは、大学でアタッカーになってからだから、
取材や交流会などで見せてくれと頼まれるのは、ほぼ100%スパイクだった。
『トス』を見て、『雲』がどうのこうのだの、
あんなに興奮して言われたのは初めてだって……。
でも、メチャクチャ嬉しそうに笑ってました、話をしながら……」



『もう一度、今のプレーを見せてくれませんか』

『嫌です』



『嫌です』って速効で言い返してきたくせに。

嬉しかったってどういうことだろう。


「平野さんって、本当は、セッターがしたかったのかなと……僕は今でも思っています」


市川君はそういうと、湯飲みに口をつける。


「高校時代はセッターで、でもサウスポーだから、望まれてアタッカーになって。
それからはエースとしてここまでずっと……」


ここまでずっと、全日本を、そしてバレー界を引っ張ってきた。


「弱気なことを言っていたらダメだよな。頑張らないと。
平野さんに、認めてもらえるように」


市川君が自分自身に言い聞かせようとする言葉を聞きながら、私も同じように考える。


『頑張ろう』


出会った頃には『広報とは何か』と、キツイ顔で迫ってきた平野さんが、

私たちの仕事ぶりを、『広報』という立場を評価してくれたのだから。


それから10分くらいして、市川君は事務所を出ていった。


【21-1】



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