22 最後の日 【22-3】



冬の冷たい風が、汗をかいた体にぶつかってくる。

冷たくて寒い風が、心をさらに冷やしそうで。

空にある月だけが、明るく光っていて……



ダメだな、私。

色々と大変な中、ここまで来てくれた平野さんに対して、

何の不満を感じているのだろう。



どうして、もっと『笑顔』で送りだしてあげなかったのか。

最後まで、こんな調子で。



「石橋さん」


声をかけてくれたのは、澄枝さんだった。


「中においで、ほら、風邪引くよ。そろそろ練習終了だから、片付けないと」

「あ……そうだ、すみません」


私、何しているのだろう。こんなところで一人……。

練習終了後の片付けがあるのに。


「あ、石橋さん……」

「よかった、帰っちゃったかと思った」

「すみません」


体育館に戻り、みなさんに頭を下げる。


「帰るわけないでしょう、荷物、どうするのよ」


澄枝さんのつっこみと、小林さんの明るい笑い声。

そこからは一緒に片付けを進め、『ラッコーズ』の練習を終了した。





「はぁ……」


結構眠ったはずなのに、なんとなく晴れない朝。

『雲に乗るトス』の画像、

昨日は来てくれて見せてくれたシーンが割り込んできたけれど、

やはり記憶には、最初ものを残しておきたい。

無回転のまま浮き上がるように、雲の上に乗ったようなトス。



『じゃあな……』



『雲に乗るトス』はおろか、私の頭の中に陣取ったのは、

帰ろうとした平野さんの姿だけで、歯磨きをしながらも浮かんでくるため、

冷たいお水で何度も顔を洗った。





『チャレンジマッチ』の前日。

全日本の合宿に参加した市川君から、連絡のメールが入ったと、

松尾さんが事務所で披露してくれる。


「久しぶりの全日本で緊張するかと思いましたが、
平野さんがうちに来た日の緊張を思い出したら、全然平常心でいられます……だってさ」

「言いますね、市川」

「本当だ……」


市川君の文面からしても、今度は『覚悟が違う』のだろう。

前の参加のように、なにもわからずオロオロしていた時とは、年齢も経験も違う。


「コーチに入った紺屋さんが、細かく教えてくれるって……。
そうか、コーチは紺屋か」


紺屋さんというのは、元全日本のセッター。

奥平監督が、初めて全日本を率いた時に、現役だった選手だ。

大学時代まで無名で、1部の下位チームから、実力でのしあがった人だけに、

2部から来た市川君にも、厳しくも優しいのだろう。


「よし、うちも明日だな」

「そうですね」


この1週間、市川君がいない練習を必死にこなしてきた。

ここで勝って、平野さんの最後もしっかりと決めたいところだろう。


「平野の引退会見は、全部本社の広報部仕切りでいいですよね」

「あぁ……見城さんが張りきって会場の予約も入れたそうだから」

「やっぱりね……」


本田さんは、両手を軽く広げて、『呆れます』のポーズを取る。


「ほら、明日の準備確認しよう」


私の声かけに、小松さんと本田さんが『了解です』と返事をしてくれた。





5月にこのアパートに越してきてから10ヶ月が過ぎた。

隣の三ツ矢さんと知りあい、漫画家志望と聞き、

先日、下の時田さんが、パントマイムを仕事にしていて旅が多いことを知った。

そして、今日、自転車を止めていて、102号室の男性とバッタリ会う。


「こんばんは」

「あ……どうも」


アパート専用の駐輪場だから、おそらく私がどこかの部屋にいる人だということも、

今の男性は気づいただろう。

頭を下げて、すれ違った後、手に持ったビニール袋を見た。



『スーパーSAIKOKU 片浦南』



そう、私が駅から降りていつも立ち寄るスーパーの、鮮魚売り場で働く男性。

耳たぶがとても大きくて、ちょっと仏像に似ているなと、

お刺身を出している男性を見て、考えたことがあって……

スーパーでは何度も会っていたのに、お住まいここだったのか。

私は階段を上がりながら、なんだかおかしくなってくる。

鍵を開けて、部屋に入って、内側からポストの留め金を外し、

中に入っていたものを……



『平野旬』



「エ……」


どういうこと?

時田さんにあの手紙渡したし、平野さんのことも知っているような話だったから、

あの手紙が無効だったことも、気づいているよね。

三井さんが結婚したこと、聞いていないの……



『石橋結花様』



宛名、私だ。

だとすると、知らない平野さんではなくて、もう一人の……

とりあえずバッグを置き、すぐにハサミを取ると封筒の上を切る。

伊豆にあるリゾートホテルの宿泊券が5枚、入っていた。

印刷された挨拶文には、広報担当の方々にお世話になったお礼として……

そういった内容が入っていて……


これ、平野さんが送ってくれたということなのかな。

なんだか意味がわからなくて封筒をよく見てみると、

表に名前は書かれているものの、住所は記入されていない。

だとするとこれ、わざわざ平野さんがここに入れに来たということ。

そういうことだよね。

とりあえず見落としがないように、封筒の表も裏もあらためて見た後、

テーブルに置いた。


【22-4】



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