22 最後の日 【22-4】



『石橋結花様』


わざわざここまで来なくても、『雲に乗るトス』の日に、

直接くれたらよかったのにと思ったが、

まぁ、『ラッコーズ』のみなさんの前で、私にだけ渡すのは無理だ。

当然、何をもらったのかと色々聞かれるだろうし。

私は『広報』で使っているラインを開き、松尾さんに連絡しようとしたが、

そこには本田さんがすでに、

『平野さんから配送便でチケットが届きました』と打ち込んであり、

それに対する松尾さんの返事も書いてあった。


『STEM側から送られたらしいぞ。そのホテルは現社長の息子が関係している
企業の経営だそうだ。平野も使ってくれと言っているから、休みが取れたら、
友達や家族と行ってくれ』



みんなにも送られていた。でも、『配送便』。



平野さん、私の住所……いつの間にか知っていて……



『バーズ』の決戦前日は、静かに、静かに更けていった。





『チャレンジマッチ』。

3試合のうち、2試合を制したものが勝つ。

この結果で来年の居場所が決まるのだ。

1部から落ちるかもしれないチームと、2部から上がれるかもしれないチーム。

勢いや応援の熱は、下からの方が圧倒的に強い。

『バーズ』の試合など、今まで見たことがあるのですか? と、聞きたくなるくらい、

体育館は社員たちの応援団で、場所がしっかりと埋められる。


「人間の感情は、複雑なようで単純ですよね」


本田さんは、『いけるかも』の思いが、急に興味をそそったのでしょうと、

応援団が膨らんだことに対して、冷静な判断をする。

『最後』と思う気持ちが前に前に出てしまい、

私の視線は平野さんのところにだけ向かう。

『広報担当』として、チーム全体を見なければと思うものの、

石橋結花としての感情が、どうもコントロール出来ない。


「石橋さん、松尾さんが呼んでますよ」

「あ、ごめん、すぐに行く」


いけない、竹内さんだ。

平野さんを見ていたと思われたら、また何を言われるか。

『バーズ』にとって、大切な日なのだから試合に集中しないと。



1日目の試合は、フルセットになった。

市川君の代わりにセッターとして頑張った網元君だったが、

やはり経験不足は補いきれず、『ここ』というところで、ミスも出た。

結果は、相手の勝利。



次の日、後のない『バーズ』だったが、最初2セットを奪われてしまう。

それでも、3セット目を取り返し、大きな歓声が起こった。

平野さんの最後の試合、大きな声援と拍手。

そして、『平野』の大コールが起きる。

しかし、あと一歩のところで手が届かず、4セット目は相手が取り、

『バーズ』、初めての『チャレンジマッチ』の出場は、

善戦したが、結果は2試合とも負けになった。



全日本を支えてきた平野旬の最終戦が、今日、終わった。




「はぁ……疲れましたね」

「そうだな、でも、心地よい疲れだろ」

「はい」

「そうですかね、最後は点差つきましたよ」


穏やかな気持ちを、なんとなく逆なでする竹内さんの台詞。

本田さんは『またか』という顔で後ろからにらみつける。


「サッカーとバレーは違うんだよ」


松尾さんの切り返し。

結果は残念だと思い、体育館では涙も出たが、

『これからが本当のスタートです』とコメントした、若松監督の言葉を受け入れ、

私たちもあらたに始めようという気持ちになれた。

本社から、見城さんが広報担当者を連れてきていたので、

小松さんがフォローに向かい、今日で現役が最後の平野さんを囲む取材陣のさばきも、

お任せ状態になる。


「明石が悔しがっていたな、最後、平野にしがみついて」

「そうでしたね」


そう、明石さん、試合の最後にボロボロ泣いていた。

あの大きな体が、子供のように。


「最初の頃から考えたら、ウソのようですけど」

「そうだな」


平野さん、笑いながら明石さんの顔を指さして、背中を何度も叩いていて。

主将の江口さんも目、真っ赤だったし、コーチ達もみんな泣いていた。

全日本の合宿に出ている市川君もきっと、この1年の思いを巡らせているはず。



『萎縮させているからです……』



チームが沈んでいるのは、練習がうまくいかないのは、

平野さんが萎縮させているからだと言った日。

あれはまだ、ついこの間のような気がするけれど、そんな感情、

もう選手達のどこにもなくて……

体育館からの声、拍手に、ずっと手を振り続けていた平野さん。

選手を終えても、コートに入らなくても、これからもきっと、ずっと、



バレーボールを愛してくれるはず。



「石橋さん、明日は休みでいいからね」

「あ……はい」


本社から、明日はチーム全員がお疲れ休みでいいという連絡が入った。

ここまで気持ちを張り詰めていた選手達も、体を休めてもらわないと。

『バーズ』はまた、新しい日々が始まるのだから。


「新人君たち、どうでしたか?」

「あぁ……平野に声をかけてもらって、みんな喜んでいた。梶浦がさ、
平野にぜひ、教えに来てくれって言って」

「あぁ……言ってましたね」


本田さんは、『今時の若い子達は物怖じしません』と話す。


「本田さん、自分も若いでしょう」


私の返しに、『いえいえ……』と本田さんが手を振っていく。


「若くないですよ、この間、同級生の子供に『おばちゃんは?』って言われて、
落ち込みましたから」


本田さんの言葉に、竹内さんが大笑いする。


「笑い過ぎです」

「悪い……」


持っていったものを片付けながら、ふと時計を見た。

体育館の最終的な閉めは、協会側がしてくれることになっている。

試合終了からすでに2時間。

平野さんを囲んでいたマスコミも、もう引いただろうか。


「明日が休みになるのだから、さっさと片付けましょう」


本田さんの声に、頷く私。

エンジン音が聞こえたため駐車場を見ると、

現れたのは、『MAZINO』の営業車だった。


【22-5】



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