23 見送る時間 【23-2】



「テレビ切ってもいい?」

「はい……」


平野さんはテーブルの上に置いたリモコンを持ち、電源を切る。


「疲れているのに悪いけれど、話す時間が取れるのは、今日しかなくて」


私は頷いた。

過去などどうでもいい、今は今なのだから。


「松尾さんから話を聞いたのなら、まぁ、繰り返しになるけれど」

「いいです。聞かせてください」


どんな話になっても、平野さん自身から聞く方が納得出来る。

私はそう思い『話してもらうこと』を選択した。



飲み物はいらない、上着をハンガーにかける必要もない。

話すことだけ終えたら、すぐにでも出ていく……

そんな平野さんなはずなのに、小さなテーブルに向かい合ってから、

もう数分経っている。

このまま時が止まっていてくれたら、世の中が何か動くだろうか。

動くのなら、プラスになって欲しいけれど。


「お前と車に乗っていた時……」

「エ……」


ボーッとしてしまった。言葉が出てきたことに、焦ってしまって。


「言われたことがあるだろう。『どうして1年で辞めるのか』って」

「あ、はい」


そう、『言う義務はない』と言われて、冷たくて嫌な人だと思った。

もちろん抱えている事情など、何も知らなかったからだけれど。


「自分の中で、バレーにつぎ込んできた時間と、
これからの時間は全く別物だと思ってきた。だから、今までも、
自分の事情を周りに話したこともなかったし。
まぁ、話をしても理解されないと思っていたから」


私は自然と頷いていた。

『あなたの気持ちはわかります』、そういう思い。


「でも、石橋さんには話しておくべきだと思った。
約束のトスを見せた後に、色々と考えたこともあるから」

「はい」


『石橋さん』と呼ばれたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

今までは『お前』とか『こいつ』とか、そんな言い方だったのに。


「俺の曾祖父は、『STEM』という会社を興した人で、それから祖父が社長をして、
さらにそれを娘婿となった父親が引き継いだ。
当然、家で出てくる会話も会社のことが多くて、俺もそれを自然に受け入れていた」


『STEM』か。

国内でも大手で、おそらく会社名を知らない人の方が少ないだろう。

どうしてそんな企業の経営者と、平野さんは縁続きだったのか。

もっと普通の環境なら、バレー選手を引退しても、コーチとか監督とか、

出来ることはたくさんあったのに。


「中学でバレーボールを始めてから、色々な友人やライバルと出会った。
試合をすれば『また、次の環境で』と約束したりして」


互いに実力を認め合い、また次をと約束する。

『ラッコーズ』でも、練習試合をして、親しくなるチームもある。


「同じように進学して競技を続ける人もいれば、家庭の事情で辞めていった人もいる。
『特待生』という方法で進学を勧められて入った選手の中には、怪我をしたら、
結局大学にも居づらくなった人がいたり、逆に、失敗した時のことを恐れて、
自ら制度に背を向けた仲間もいた」


『特待生』か。学費が割り引かれたり、免除されたり、

学校によっても違うだろうが、私の大学にもそういう学生は確かにいた。


「『STEM』は、元々、スポーツに関わる商品を手がけていたから、
身近に感じたのかもしれないけれど、自分自身の経験から、俺は、企業の力を使って、
環境に左右されずに、能力のある人達が頑張っていける、
組織作りをしてみたいと思うようになった。バレーボールは楽しかったけれど、
あくまでも学生の中だけだと、そう決めていて」


家庭環境に左右されずに、能力のある人が、競技に打ち込むことが出来るように。

恵まれていた平野さんだから、気づけたことなのかもしれない。


「でも、父のことがあって、会社の状況が変わって、また俺の環境も、
思いがけない方向に動き始めた。どうしようかと悩んだけれど、バレーをやれるのは、
いや、本格的にやれるのは今しかないと、松尾さんの話からそう思うようになって、
気持ちを決めた」


『お前に話す義務はない』と言われた話の内容を、

平野さんは今、丁寧に語ってくれている。

平野さんの昔からある夢。

経済力に左右されず、

才能のある人、やる気のある人がスポーツに打ち込める環境作り。

本来なら、私には関係ないと言い切れることなのに、ここまで来てくれて。

今日は『ありがとう』とか『さようならお元気で』なんて言葉、言えるのかな。

冷静な顔で……



「選手をしていても、次の目標はずっとぶれないままだったし、
いずれ『バレーボール』から離れるのだから、選手であるうちは、
自分が思うままに出来ればいいとずっと考えてきた。
勝負にこだわったし、そのためなら、先輩だろうが監督だろうが意見はぶつけてきた。
『限られた時間』の中で、やりきったと思いたくて……」


平野さんが選手に厳しい理由。

それは、『時間が限られている』ことを、自分自身が一番感じているから。


「最後の1年を『バーズ』と決めたのは、現役時代、一番トスがうまいと思った、
市川のボールを打って終わりにしようと決めたからだ。
自分の1年で、チームに何か残せたらと思って……」


平野さんは、最初から市川君に厳しかった。

練習のボール一つを無駄にするなと、大きな声を出して……

その厳しさが、市川君にもう一度、トッププレーヤーとしての感情を呼び起こさせた。


「そう……そのまま終わるつもりだった。お前が出てこなければ」


その瞬間、平野さんとしっかり目があった。

『石橋さん』から『お前』。でも、私にはこの方がしっくりくる。


「『私とあなたは同等だ』、お前そう言っただろう」


『ジャンプ』の取材の前、

子供たちの指導に向かう日、そう、車の中で……


「あれは……」


何かを話せばすぐに跳ね返されることに、イライラしたから。


「言われた瞬間、お前と俺が同等? 冗談じゃない……って、頭の中に浮かんで。
でも、そう思った自分に、また疑問符が浮かんだ。
どうしてイライラするんだと。いつの間にか、自分自身が、
自分を特別だと思うようになっていたことに驚かされて。
お前の一言に目が覚めた。そうだ、俺はここに……バレーの世界に
残るわけじゃ無いぞと……」


『腫れ物に触るように……』

そういえば、平野さんに関わっていた人がそんな状態だったと、

どこかで出ていた気がする。

確かに、平野さんが『主張を曲げない』、

とっても面倒くさい性格であることは間違いないけれど、

周りはそれを意識するあまり、間違っているのか正しいのかまで、

考えなくなってしまって。


「球拾いなのに、試合に出られないのに、バレーボールが楽しいと言われて、
忘れていたものを思い出した。『スーパーエース』と呼ばれて、
点を取ることばかり求められ、また褒められていたことに、胸焼けがしていた時、
『雲に乗るトス』と……トスを褒められたことが、嬉しかった」


嬉しかった……

そうだったんだ。


【23-3】



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