29 再びの夏③ 【29-2】



「今、あの子、週末だけ小学校のバレーボールチームに関わっています」


山倉君は、怪我を治してから少しして、活動を始めたという。


「そうですか」



『バレーボールを裏切るのは君の方だ』



怪我をして、もうバレーなんてどうでもいいとひねくれていた山倉さんに、

平野さんが言った台詞。

怪我のせいにするなと、強い口調で。


「平野さん、事故に遭われたとニュースで」

「はい。平野はもうチームの選手ではないので、
私たちもあまり細かいことはわからないのですが。
でも、命を取られるようなものではないですし、強い人ですから、
しっかり治していくと思います」

「そうですか」


そう、平野さんが『バレーボール』と関わることは一生辞めないと、

宣言していたのも、山倉君の前だった。

現役を終えても、バレーボールに触れていたからこそ、事故の車の中に、

ボールが残されていたのだろう。

本当は、『雲に乗るトス』などもうどうでもよくて……



あの人が、バレーボールに触れていられたら、それで……



「平野さんにお会いすることがあったら、お礼を言ってください。
お手紙でも出せばと言っても、そんなことはいいって、あの子……」

「はい」


松尾さんにラインを送っておこう。

チームを代表してのお見舞いも、してくれることになったのだから。

私は山倉君のお母さんを駐車場まで送り、また体育館に戻った。

大学でレベルの高いプレーをすることは出来なくなったが、

山倉君は、バレーを裏切らず、また関わりを始めてくれている。

ネットがなくても、ボールさえあれば、私の壁あてのように、

バレーを感じることは出来る。子供たちにバレーの楽しさを伝えることだって、

立派なこと。


「ごめんね」

「いえいえ、誰かお客様だと……」

「うん、去年、お見舞いに行った山倉君のお母さんが来てくれたの」

「あ……あのバイクで転んだ」

「そうそう。怪我が治って、今は子供達に教えたりしているって。仕事の合間に」

「へぇ……」


本田さんは、『平野さんが聞いたら喜びますね』と笑う。

私もそうだねという意味で、頷いた。

その日の夜、私は松尾さんに山倉君のお母さんが訪ねてきたこと、

山倉君本人が、子供達の指導をすることで、バレーボールとまた関わりだしたことなど、

平野さんに伝えて欲しいことを、なるべく簡潔に打ち込んだ。

松尾さんからも、『伝えておくよ』と返信があり、

昨年の夏に刺さったとげのようなものが、抜けた気がする。


「石橋さん、ライト消していいですか」

「あ、うん、ごめん」


私は携帯をしまうと、ベッドに潜り込んだ。





そして、『相模スプラッシュ』との練習試合も終わり、

夏合宿は問題なくスケジュールを終了した。

合宿の最終日、今まで選手の頑張りを後押ししてくれた

『さざなみ杯』での寄せ書きを廊下で剥がし、丸めていく。



『限界よりさらに一歩前』



平野さんがチームに贈った言葉。

丸めていく途中で見えなくなる。

骨折をして、打撲もあるだろうから、数日間は安静にしているはず。

しかし骨折を調べて見ると、医者は筋肉をなるべく落とさないため、

痛くない程度の動かすリハビリをさせるのだと書いてあった。

普通の手首の骨折だけなら、3ヶ月くらいで元に戻るらしいが、

元のというのは、おそらく日常生活が出来るということだろう。



3ヶ月か……リーグ戦、始まっている。



ホテルの従業員さん達に見送られ、私たちは合宿を終了した。





「で、どうですか、平野さんの様子」

「怪我は……」


いつもの日々が戻ってきた事務所。

平野さんのお見舞いに、チーム代表で出かけた松尾さんからの報告を聞こうと、

明石さんや市川君が顔を出す。合宿に長く参加した竹内さんは夏休みを取っていて、

私と本田さんも、その報告を選手達と一緒に聞くことにする。


「頭を打ったかもしれないからとMRIもしたが、問題はなかったようだし、
東京で入院した病院も、日数的には明日あたり退院するはずだぞ」

「退院? あ、そうですか」


明石さんも市川君も『よかった』という顔をする。


「なら、これからは治療とリハビリ」

「あぁ……。現役時代から見てもらっていた医者があいつにはいるから、
その病院に通うそうだ」

「あ……」


市川君はそれが誰なのかを知っているようで、頷いている。


「平野も、現役時代あれこれ怪我があったけれど、骨折は人生初で、
動かしたらいけないという状況が、ストレスになっているらしい」

「でしょうね、しかも利き腕だ」


明石さんは、自分の左手をブラブラとしてみせる。


「まぁ、なったものは仕方がない。時間をかけていくしかないよ」

「まぁ、そうですね」


市川君は、『リーグ戦』の頃には治っているかもしれないと話し、

明石さんも『そうだな』と納得する。

他のメンバーにも話をすると言い、二人が事務所を出た後、静けさが戻ってきた。

私は、みんなに出した麦茶のコップを片付けようとお盆を取る。


「よかったですね、順調に治療が進んでいるのなら」

「……うん」


本田さんの問いかけに対する松尾さんの返事が、少し遅れ気味な気がして、

思わず見てしまう。

何かひっかかることがあるような、そんな答え方で……


「松尾さん、何か……」

「ん? いや、あの……」


私の言葉に、松尾さんが反応した時、駐車場に1台の車が入ってきた。

あの音からすると、『MAZINO』の池田さんが乗るライトバンではないし、

他に誰だろうかと窓から見ると、助手席から降りてきたのは見城さんだった。


【29-3】



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