29 再びの夏③ 【29-4】



「スポーツトレーナーで、サッカー部とは長く契約をしているんだ。
選手達のデータをしっかり細かく取って個人メニューを作ったりさ。
ほら、選手によって体格も違うし、欠点も違うだろう」

「はい」

「セリエAなんかで活躍する全日本の選手達からも、頼りにされるような人なんだ。
口先だけの見城さんとは、本当の意味でレベルが違う」

「はい、違います」


本田さんは、『すごい人なのに、全然威圧感がないんですよ』と犀川さんのことを、

さらに話してくれる。


「まぁ、見城さんのように、あの地位にいる人だと、どこかにあるんだろうな。
企業側の『運動部に活動をさせてやっている』という、上から視線が」


松尾さんは、『スポーツの力をなめている』と言い、軽く首を振る。


「ただな……」


松尾さん、見城さんに対する愚痴で話が終わるかと思ったけれど、

そうではないらしい。


「平野の気持ちが変わったなと感じたのは、俺も同じだ」



変わった……



「事故で骨折だし、もちろん完治すると医者にも言われたらしいが、
平野の言葉を借りると、『自分のバレーは終わった』って」

「終わった?」

「あぁ……まぁ、事故後数日で会ったし、本人も気持ちが滅入っているのだとは思う。
でもさ、竹内じゃないが、割り切ったように見えても、
割り切れていないものがどこかにくすぶっていて、見せない部分で、
苦しいところもあったのかと」

「そうですか」


松尾さんの言葉を受けて、本田さんは頷いていく。

私は平野さんの言葉の意味を理解出来たような二人の雰囲気に、

肯定も否定も出来ないままただ黙っていた。





『自分のバレーは終わった』



「作りたてです、いかがでしょうか……」


仕事を終えて、最寄り駅のスーパーに立ち寄った。

惣菜コーナーに、できたてのものが運ばれてくる。

そうだ、牛乳と、マヨネーズを買っておかないと。


『自分のバレーは終わった』


松尾さんが言った、あの台詞。本田さんも頷いたけれど、私は反応できなかった。

それから仕事中もずっと、何をしていても頭を巡っていて……


自分の体に力を与え、思い通りに動かしてきた選手時代。

今回の骨折で、その感覚がもう戻らないことを、平野さん自身がわかっているからこそ、

『終わった』という表現を使ったのかもしれない。

『選手として終わった』のは、昨年の『チャレンジマッチ』。

引退した、他の仕事についた、バレーとは距離を置いた。

それはわかっているのに、あえて今、『終わった』という言葉を使ったのはなぜだろう。



でも……



どんな形でも、バレーには関わっていくと宣言したこと、私は1年前に聞いている。

それなのに、『終わり』って。

そんな表現は、使って欲しくなかった。

山倉さんが子供達に指導をするようになった話を、松尾さんはしてくれたようだが、

平野さんは『そうですか』という言葉だけで、それ以上の情報を、

得ようとしなかったらしい。



1年前の夏の出来事が、もっともっと昔のことのように思え、

寂しい風が心に吹いた、そんな気がした。





いよいよ秋の声が聞こえ出し、今年のリーグ戦が近づいた。

その前にやってくるのが、私たちの『しらゆり杯』。


「行くよ!」

「さぁ、こい」


私はもちろん補欠の補欠。背番号はベンチ入りメンバーラストの『20』だが、

以前ほど、カレンダーをにらみ、どうしようとは思わなくなった。

下手でもいい、とにかく手を出す、まず当てる。そうすれば次が生まれてくる。


「はい、石橋さん、頼むねサーブ」

「はい」


そう、それにサーブ。

近頃、自分でも『いい』と思えるものが入るようになった。

以前は、向こうに行けばそれで満足だったが、今は誰のところに飛ばすかなど、

多少は考えるようになる。


「あ、ナイスサーブ」

「いいよ、石橋さん」


澄枝さんからボールを受け取り、もう一度ライン近くに立ち、向こうのコートを見る。

ボールを少しだけあげて、右手を動かした。





「今年、初めてですしね、『しらゆり杯』のゲストは」

「そうだね」

「『さざなみ杯』のように、何かイベントが必要ですかね」


本田さんは、日程表を見ながら松尾さんに聞く。

松尾さんは、ものさしで自分の肩を軽く叩きだした。


「イベントかぁ……イベントはは難しいな。
子供の『さざなみ杯』と違って、参加チームも多い」


松尾さんは左右に首を傾けながら、さらに肩を叩く。


「それなら何を……」



広報が大会の委員と協議をした結果、

『しらゆり杯』で『バーズ』はチーム挨拶と、線審をすることが決まった。

子供達の『さざなみ杯』とは違い、今回は初参加ということもあり、

アトラクション的な要素はカットする。



「挨拶と線審か。まぁ、今年は初めてだし、もらえた時間が少ないので、
仕方が無いですね」

「そうだね」


本田さんは、来年以降どうするのか考えるために、

様子を見てきますと手を挙げ、手伝いを名乗り出てくれる。


「石橋さんの応援も、出来ますし」

「いや……えっと……」

「本田、お前にその任務を任せきりにはしないぞ。今回は、俺も竹内も出席する」


松尾さんは、今回『しらゆり杯』に『バーズ賞』を出すことになったと言う。


「『バーズ賞』」

「あぁ、子供と違い、ママさんたちは『現物』が欲しいだろう。
地元に貢献する意味合いで、うちのこの工場で作っている製品を、
賞品として出すことになった。優勝チームに渡せるようにね」


千葉の工場で製作しているものとなると、なんだろう。

『Assemble』の家電には間違いないだろうけれど。


「松尾さん、何を出すのですか」

「おそらく料理用の小型ミキサーじゃないかな。主婦の大会だし」

「へぇ……」


小型ミキサーか。いいな、夕飯の下ごしらえとかに結構便利かも。


「石橋さん、今、もらう気持ちになったでしょう」

「エ……」


竹内さんのツッコミ。


「いえ、そういうわけでは……」

「いやいや、表情変わったって」


竹内さんの言葉に、松尾さんや本田さんからも『頑張れ』と茶化す声があがる。

私は『優勝なんて無理ですから』と最初に宣言し、みんなの顔を見た。


【29-5】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント