30 再びの夏④ 【30-1】

30 再びの夏④



「海の波のように、気持ちが満ちてきたり、急に引いてみたり……」


『引退』の後の人生。ある意味『終わり』だけれど、それから始まることもある。

周りから見たら『違う方向』でも、その人にとったら大事なもので。


「竹内さんの気持ちを、何よりも大事にしたらいいと思いますよ」


当たり障りのない言い方だけれど、広報部のことも、『バレー部』のことも、

考える必要などない。その人でないと困るという思いを持たれる存在は、

それほどあるわけではないから。


「チームのみんなもアスリートですから。竹内さんの気持ちは理解出来ます。
イエスでもノーでも、悩んで出した結論なら、それで……」


『唯一無二の人』


「確かに、色々ありましたけれど、『あなたに頼みたい』なんて言われる人は、
なかなかいませんから。一生懸命に生きていても、
人生、その他大勢にまわる方が多いと思いますし……」


この人でなければと望まれることなど、普通の人ならあり得なくて……


「あなたに……か」

「はい」

「俺は言ったけどね、石橋さんに」

「エ……」

「あなたが……と」


竹内さんの表情。

目を合わせていられなくて、思わずそらしてしまう。


「あなたがどこを見ているのか、自分でわかっているけれど、
諦めないとならない場所を見続けている気持ちも理解出来るから、余計に気になって。
一緒にいればどこかで諦めてくれて、いずれ変わるかなという気持ちも……」



私が見ている場所



「ここにいたら、忘れたくても忘れられませんよ。平野の名前は、
どこからでも出てくるし……」


『平野さんが……』

『平野が……』


確かに、竹内さんのいうとおりだ。

会えたはずなのに、声をかけないまま帰られたことも、ここにいるから知ってしまう。

自分の持つ思いが、相手よりも重いことに気づかされて。


「俺が……新しい場所に連れて行きましょうか」


『新しい場所』という言葉に、思わず顔を上げてしまった。

情けなくなったり、苦しくなったりする思いを、全て投げ出してしまうことが……


「お茶、飲みますか? 私入れますけれど……」


席から立ち上がり、麦茶を入れようかと提案する。

竹内さんは首を振り、同じように立ち上がった。


「俺の告白、仕事と同様に信用されてませんね……」


竹内さんは『コンビニに行きます』と言い、外へ出てしまう。

事務所に残るのは、立ち上がった私一人。


「ふぅ……」


大きく息を吐く。

竹内さんの気持ちを、信用していないわけではない。

でも、『思われる』状況に自分を預けてしまうのは、相手にも失礼だから。



『諦めないとならない場所を見続けている気持ち』……か。

確かに、言われてみたらその通りだ。



どうしようもない感情に、このまま……

私も、ずっと振り回されていくのだろうか。

あの人の思い出が消えない、この場所にしがみついて……





竹内さんに『バーズキッズ』への話が出ていると知った次の日、

私は、松尾さんに話があると伝え、平野さんの連絡先を教えて欲しいとお願いした。


「平野の?」

「はい。前には必要ないと言いましたけれど、一度お会いしたいと思って」


リーグ戦が始まる前に、会っておきたい。


「教えるのは構わないけれど、どうしたの急に」

「松尾さんがお見舞いに行った時の話を聞いて……」

「あぁ、うん」

「このまま黙っていられなくなりました」


そう、以前のように言いたいことを言えずに、

何が起きても受け入れているだけで黙っているから、だから前に進まない。

周りが動かないのなら、自分が動いていかないと。


「骨折して、気持ちが滅入るのはわかります。
でも、『終わった』と表現されたのは、少し残念だなと……」


私が知っている平野さんなら、『同じ形』でなくとも、

好きなものに関わり続けてくれると、そう信じていたから。


「事故があって、怪我をして、昔と同じようには出来なくなった。
だから『終わった』と表現された……そういうことだろうなとは思います。
でも、コートに入ることだけが全てではないと、以前言ったのも平野さんです」


そう、怪我をしたからもうバレーは嫌だとそっぽを向いた山倉さんに、

『裏切り』という強い台詞をぶつけたのは、平野さん自身。


「石橋さん」

「はい」

「石橋さんの気持ちはわかる。怪我は治るし、またボールに触れることも出来るのだから、
何を言っているんだとそう声をかけたい気持ちはね。でも、出来なくなったことを、
自分で受け入れるのは、周りが思う以上にきついことなんだ。
俺もさ、そういうプレーヤーの片隅にいたことがあるから、
平野が言った『終わった』という意味、わからなくもない」

「松尾さん……」

「平野は、自分自身を納得させようとしているのだと思う。
今の環境を選んだのも自分だから。バレーの世界からは離れると決めたはずなのに、
なんだろうな、ギリギリまで持っていたいんだよ、自分の誇り」


誇り……


「この手で、ボールを思うように操ってきたという自信というか、
それが平野旬だという思い……とでも言うのかな。人に今更愚痴も言えないし、
気持ちが変わったなんて言えなくて……」


自分にも相手にも厳しく、『バレーボール』には妥協しない。

それが平野さん。


「それならば余計にです」

「余計に?」

「はい。そんな思い詰めたような下向きの台詞、平野さんから聞きたくないので」


人の話を受けている方が気が楽だし、

少し離れた位置でものを見た方がトラブルは少ない。

でも、平野さんにだけはずっと、私は自分の言いたいことを言えた。

当然ぶつかったし、ケンカにもなったが、それでも関係性が戻れたのは、

互いにウソがなかったから。


「お願いします」


『広報担当を外して欲しい』

平野さんから、あの台詞を聞いてからというもの、私は、自分の心に蓋をしてきた。

そうしてから、なんだかんだと1年の月日が経つ。

それをこのまま続けていては、いつまでも同じ場所にとどまってしまう。

私の決意に、松尾さんはそれ以上何も言わず、メモを出すと番号を書き始めた。

並ぶ数字。

平野さんの電話番号で、その下には住所も記してくれる。


「はい……」

「すみません、必要ありませんと言ってみたり、こうして……」

「いや……」


松尾さんから受け取ったメモを、私は丁寧に折る。


「ありがとうございました」


最後も同じように、私は言いたいことを言わせてもらう。

伝えたいことは、しっかりと伝えたい。


【30-2】



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