30 再びの夏④ 【30-2】



『平野旬』



仕事を終えて家に戻り、初めてその番号を回す。

知らない番号なら、出てくれないだろうと思い、

留守番電話にメッセージを残すつもりになっていた数秒後……


『はい……』


平野さんの声。


「お久しぶりです、石橋です」

『うん』

「すみません、突然電話をしてしまって。お忙しいと思いますが、
どうしても平野さんと一度お会いしたくて、松尾さんにお願いして、番号、聞きました」


心臓が飛び出しそうなくらい、大きく強く動く。

でも、平野さんすぐに『うん……』って言ってくれて。

私の番号だって、わかったのかな。


「リーグ戦が始まる前に、どこかで会えませんか」


すぐに戻らない返事。

会いたくないと言われるだろうか。


『今、車の運転が出来ないから、出てきてもらってもいい?』

「はい」


指定されたのは『STEM』本社。

しばらくは遠くに行くこともないということで、私が平野さんを訪ねることになる。

練習試合なども組まれない月曜日、午後からの有休を取らせてもらった。



『広報の担当を降りて欲しい』と言われてから、1年。

向かい合って話をするのも……ほぼ1年ぶりになる。



私は遅れたりしないように、携帯の予定表にきちんと時間を書き込むことにした。





週末、練習試合を組んであった『ロッキーズ』から、断りの電話を受ける。

カレンダーの丸印に、上からバツがついた。


「キャンセル?」

「はい。向こうの広報からで、選手のコンディションが悪いからって」


『リーグ戦』のトーナメントが発表され、

うちの初戦の相手が『ロッキーズ』に決まった。

『ロッキーズ』は昨年は3位だったものの、

過去には1部に上がった経験があるチームだ。


「初戦で当たることになったからですかね」

「うーん……」


選手のコンディションが悪いという話だったが、元々選手層は厚く、

怪我をしていた選手2名もスタートから入れそうだと、協会の取材でも報告されている。


「探り合いになるのは、まぁ、どこのスポーツでも同じですけど。
予定が空いちゃうのはねぇ」

「うん」

「若松さん、週末の練習試合、貴重だと言っていたから残念だろうな」


昨日、練習を見に行く担当は本田さんだったため、

若松監督が選手達にかけた言葉も、こうして教えてもらえる。

それにしても、本社に行くとホワイトボードに書かれた松尾さんはともかく、

竹内さんはどうして来ないのだろう。


「本田さん、竹内さん、今日……」

「あ……そうだ、そうだった」


本田さんは慌てて立ち上がると、ホワイトボードの前に向かう。


「忘れてました、私、書かないと」

「ん?」

「竹内さん、本社に行くって、今朝電話がかかってきました。例の件について、
返事をするそうです」


『バーズキッズ』のコーチに就任するのか、断るのか。


「どっちにするのかは言ってませんでした。どう思います? 石橋さん」

「どうかな……」


竹内さんの気持ちは、竹内さんでないとわからない。

だからこそ、尊重しないと。


「でも行くのかなぁ……。サッカー好きでしょうし、やっておけばこの先のことも、
色々と幅が広がりそうだし」

「……うん」

「あぁ、もう、だとしたら広報もう一人入れてくれないと」


バレー部のリーグ戦も近い。

今ここで竹内さんが抜けてしまうと、すぐに代わりが入るのかわからないし、

仕事の振り分けも、また変えないとならない。

その竹内さんが事務所に来たのは、昼休憩が終了する頃だった。

私も本田さんも、話してくれるまで待つつもりで、いつも通りに仕事をする。

それでも、やはり普段通りとはいかなくて……


「あの……」

「はい」

「はい……」


竹内さんの声がしたため、私も本田さんも『何か言うのか』と顔を上げる。

竹内さんは私たちの顔を交互に見て、『聞けばいいでしょう』と笑い出す。


「でも、ねぇ……」

「そうですよね」


気にしていないことを装うつもりが、明らかにおかしな気がするけれど。

あ、いけない、数字、1行飛ばしてしまっている。

書類をめくり直し、もう一度確認しないと。


「石橋さんも本田さんも、わかりやすい性格だな」


竹内さんは『決めてきました』と明るく言う。


「どっち……ですか」


本田さんの問いかけに、竹内さんは頷き、『よろしくお願いします』と頭を下げる。


「リーグ戦を前に、ご迷惑をおかけしますが、
12月の頭から、神戸の『バーズキッズ』に参加します」


竹内さんは、広報から外れ『バーズキッズ』に入ることを宣言する。

どちらにしても納得するつもりだったが、

心の中で『よかった』という思いが、強くなっていく。


「状況的にも、俺が心底望まれているとは思っていませんが、
『第2のサッカー人生』が歩き出せるならと、気持ちを固めました。
『バーズ』のためになんて思っていないけど、俺にはもっと大きな計画があるし」

「計画?」


本田さんは『何を計画したのか』と問いかけるが、竹内さんは首を振る。


「今は言わない、でもいずれわかる。その時にでも拍手して」


竹内さんはそういうと『ご迷惑をかけます』とあらためて頭を下げてくれた。


【30-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント