30 再びの夏④ 【30-5】



ガムシロップの沈んだアイスコーヒーをもう一度ストローでかき混ぜてから、

初めて吸い上げていく。

甘さと苦さが、うまく絡み合い、のどごしもスッキリした。


「裏切ったのは……か。そういえばそんなことを言ったな、あいつに」


そう、あの合宿のことは、たった1年前のことだけれど、

環境が大きく変わった平野さんには、ものすごく遠い昔のような気持ちなのだろうか。


「怪我がどうした、そんなことに負けるなと、散々人には言い続けてきた。
そんな自分が、バレーボールから離れたいと思う瞬間があるなんて、考えてもみなかった」


平野さん……


「この手を見る度、『戻ってこない』ものがハッキリわかる気がして、
正直、気持ちが重くなる」


松尾さんが言っていた。

トップ選手だからこその感覚。


「でもな、バレーを辞めるとは一度も言っていないし、これからも言わないぞ」

「エ……」

「見城さんと松尾さんの話を聞いて、お前なりにいつもような勘違いをして、
慌てて吹っ飛んできたのかもしれないけれど、辞めるとは言っていないからな」


平野さんの表情。

そう、最初に会った頃のように、少し上から目線のような……

なんとも言えない、挑戦的な。

それでも私にとっては、嬉しい表情で。


「いや、でも、『終わったって』」

「俺がそれを言ったのは、松尾さんにだ。同じように選手として生きてきた人だから、
理解してもらえると思ってそう言った。凡人で、運動神経のないお前にはわからない。
それを、わかったかのような顔をして、説教しに来るか、わざわざここへ」


平野さんの人差し指が、『ここ』という意味で、テーブルを叩く。


「鼻の頭に擦り傷作って、手の筋をおかしくしたと思えば、今度は足の指。
お前こそ、どういうプレーでそれだけやらかすんだよ。
まぁ、それでもバレーが好きだと言い切るのだから、せいぜい頑張れ」


そうだマスク事件。鼻の頭が赤くなったからマスクで隠して、手の筋も……

それに、足の指……


「違います、足の指は違います、あれは……」


あれは……蛍光灯を変えようとして……


でも、どうして……


「どうして足の指のこと、知っているのですか」


そう、この怪我は平野さんの知らないところで起きたこと。


「『さざなみ杯』の日、足、ひきずって歩いていただろう」


『さざなみ杯』

確かに、平野さんが来ていたと周りの人達が言って、私も探したけれど、

その姿はもうなかった。


「見たってことですか、私のこと」

「あぁ……足でももつれて転んだのか、
それともボールに乗ってしまって転んだのかと……」


平野さんが、思い出しているのか少し笑っていて……


「それなら……」


そう、それなら、どうして帰ってしまったの……


「何をしたらそうなるんだって、直接、言ってくれたらよかったでしょう。
そうしたら、バレーではないって、きちんと言えたのに」


そう、あの日、私の存在を知っていて、そのまま帰られたのがショックで……


「平野さんが来ていたって聞いたのに……」

「竹内が、俺を抜いていった」

「は?」

「本田にお前はあっちだって言われて、行こうとしたけれど、
俺に気づいた人達に声をかけられて。それで動きづらくなっていた時、
竹内が俺を抜いていった。階段のところについたら、二人で話していたし……」


二人……


「でも、別に『おい』って言えば……」

「楽しそうに笑っていた」

「笑っていた?」

「あぁ……だから」


だから声をかけなかった。

平野さんの言いたいことはこういうことだろうか。


「別に、笑っていても、話していても、声をかけてくれたら気づきます」

「竹内と話したくなかった……」



どこかから吹く、どこかと同じような風を、私は確かに感じ取る。



「『ブルーサンダー』にいた時の、林さんという先輩とあいつは仲がいい。
イベントで会うことがあって、まぁ、横柄な態度取られたし……」



『昔、イベントで会った時も、ずいぶん横柄な態度取られましたし』



竹内さんと同じ台詞。

この二人、性格似ているのかも……

いや、絶対に似ている。

過去の同じ瞬間、二人で同じことを考えていたということでしょう。

それでなくても、同じようなことを言うなと、私もいつも思っていたし……


「どうして笑う」

「いえ、同じような台詞を、聞いたことがあるな……と」

「は? 竹内がそう言ったのか」


ほら、こういうところもすごく似ている。


「別にそうとは言っていませんが」

「でなければ、誰が言うんだよ」

「あぁ、もう、いいです。はい、とにかく足の怪我は蛍光灯を変えようとして、
バランスを崩したというものなので、ご心配なく」


そう、バレーのプレー中ではない。


「蛍光灯? どうしてそんなことで足を怪我するんだ」

「色々他にもあったので。お湯のこととか、まぁ、それに……」


なんだろう、どうでもいい話なのに、平野さんと会話が続くことが懐かしい。

そう、最初からこうだった。思ったことを口に出して、言い返して……


「落ち着きがないんだな」

「『いつも』みたいに言わないで下さい」


あと少しアイスコーヒーを飲めば、この時間は終わり。

そう思うと、ストローに口をつけたくなかった。


【31-1】



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