31 再びの夏⑤ 【31-3】



「本社で広報をしていた鏑木と、もう一人は……江口」

「江口って……」

「主将の江口が、今シーズン限りで引退を決めた。
本人はこの先も会社にいることを望んでいるから、俺から聞いてみたんだ」


『バーズ』のキャプテン、江口さん。

今年は確かにレギュラーとは言わないが、まだまだ精神的支柱なのに。


「本人はそれを受け入れているのですか」

「あぁ……『バーズ』に関われるのなら、嬉しいと」


松尾さんはそれを本社に了解してもらうため、話しをしてきたらしく。

その分、シーズン終了までは4人体制になる。


「江口さんがこちら側に入ってくれたら、選手達も心強いですよね」

「そうだね」


本田さんの意見に、頷く私。

立場が同じだった人なら、苦しさも理解してもらいやすい。


「そうか……江口さんね」


竹内さんは納得するように頷くと、『よかったです』と一言話す。

『選手を終える』寂しさを知っている竹内さん。

ここに来た時には、自分より高い年齢でまだ現役を続けている江口さんに対して、

気楽でいいというようなことを、言っていたのに。



人は人と出会い、学び、変わっていく。



私はそう思いながら、自分の仕事を再開した。





「ただいま」

「お帰り!」

「あれ? 朋花……」

「はい、朋花です」


『和田朋花』になったばかりの妹が、石橋家の玄関で、満面の笑みを見せる。

私は『もうケンカをしたのか』とあえて言ってみた。


「違うよ、新婚旅行から戻って、それでお土産を持って参りました」


朋花はみち君と『オーストラリア』に行き、見てみたかったコアラと会えた話を、

楽しそうにしてくれる。


「日本の動物園みたいに、囲まれていないから、あのつぶらな瞳が、
目の前よ、目の前」

「ふーん……」

「寝てばっかりで、みちがブツブツ文句を言っていたけどね」


朋花はそれでも、向こうは日本と逆で、

暖かくなる時期だからとても過ごしやすかったと言いながら、

母が出してくれた漬物をつまむ。


「で、みち君は?」

「みちはお休みをたくさんもらったから、仕事に復帰して今日から出張なの。
それもあって、ちょうどいいなと」

「どこに……」

「どこだっけな、あんまり詳しく聞いてない」


朋花は『日本のどこかでしょう』と言い、笑い出す。


「何のんきなことを言っているの」


母は朋花の背中をポンと叩き、私のために残しておいてくれた食事を、準備し始める。


「みち君が出張から帰ってくる日には、きちんと家にいなさいよ。
仕事から戻ったら、奥さんは実家に行ってますなんて、
優しいからって甘えたらだめだからね」

「わかってますよ」


朋花は、『いきなり厳しい』とふてくされた顔をする。

まぁ、母は母なりに、嬉しいけれどと気持ちを張っているのだろう。


「それから結花も」

「私?」

「そう、もうこっちは大丈夫だから、戻っていいわよ」


母は、自分が熱を出してしまったからと、申し訳なさそうに言う。


「特急に乗れると言っても、遠くて大変だもの」

「うん……」


朋花が出ていってから2週間、気づくとそれだけの時間が過ぎていた。

確かに、このあたりで出ていかないと、この状況に自分が満足してしまう。


「お姉ちゃん、しばらくここから通っていたって?」

「うん……」


母の体調が崩れたことももちろんあるが、本当は、朋花がいなくなって、

自分自身が寂しく思えたのかもしれない。

『一人の部屋』に帰ることを避けていたのかも。


「『リーグ戦』始まったのでしょう。今年はどう?」

「まぁ、今のところ真ん中くらいかな。
週末の『相模スプラッシュ』にストレートで勝てたら、
チャレンジマッチへの確率が、ドンと増える」

「ほぉ……」


そう、週末の『相模スプラッシュ』戦は、今年の『バーズ』にとって、

前半戦の鍵になるかもしれない。



『平野が、『相模スプラッシュ』の試合に、顔を出したいと言うからさ』



平野さんが来る。

期待に応えたいと、みんなの気持ちに変化が出るだろうか。





「それじゃ、行ってきます」

「ありがとうね、結花」

「いえいえ、こちらこそお世話になりました」


『相模スプラッシュ』との試合の日、私は2週間世話になった実家を出て、

総合体育館に向かった。

昨日の練習でもコンビネーションはしっかり確認できていたし、

市川君を始めとしたレギュラーメンバーの調子もいい。

梶浦君は若さからか多少のムラはあるものの、気持ちがガチンとはまったら、

止められないくらい力が出てくる。


「おはようございます」

「おぉ、おはよう」


先に来てくれていた松尾さんと挨拶を交わし、チームの練習風景を見る。

若松監督と、コーチ陣、そして主将の江口さんがいて……



平野さん……



「『相模スプラッシュ』の近藤監督からも、事故の後連絡があったらしいんだ。
その挨拶もしたかったらしくて」

「そうですか」


『相模スプラッシュ』の近藤監督。

昨年、今年と合宿で練習試合を組ませてもらった。

若松監督との縁もあるため、きっと平野さんのことも心配してくれたのだろう。


「体育館にあいつが入ってきただけで、すぐに声がかかっていたよ。
あいつも手を振って会釈したり、それなりに応えていたけどね」

「はい」


事故のことを知り、気持ちだけはあるものの、

平野さんへのお見舞いを、どこに送ったらいいのかわからないファンから、

『バーズ』に色々なものが届いた。



『平野さんの連絡先がわからないので……』



今『バーズ』を応援してくれている人達の中にも、きっとそういう人がいるだろう。

平野さんはその人達にもお礼をするため、今日、ここへ元気になった姿を見せに来た。


「本田さんは、物品ですか?」

「あぁ、そうだと思う」


私は観客席から下に降りようと階段に向かう。

すると、下から上へ行こうとしている平野さんと会った。


【31-4】



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