32 新たな火種 【32-2】



「スウェーデン?」

「そう。スウェーデンの製薬会社と、『STEM』の取引がある関係で、
子供達のスポーツをする環境作りについて、ノルウェーを含めて、
2ヶ月ほど学びに行ってくる」

「いつから?」

「今度の木曜から」

「木曜……って、すぐですよね」


あまりにも日程が目の前で、思わず大きな声を出してしまった。


「あぁ……だから、会うにはここしかないと思っていた」


平野さんが、『相模スプラッシュ』の試合を期日にした理由は、

日本を離れるからだった。確かに、スウェーデンは女性の権利や子供の福祉に関して、

進んでいる国だ。国や県、また市が福祉や医療など分散して責任を持ち提供している。

ノルウェーも男女平等の意識が強い国で、生涯スポーツという活動にも力を入れていた。


「2ヶ月……ですか」


なんだろう、平野さんにとって大事な視察。

それはわかっているのに、気持ちが通じ合えたからだろうか、

急に寂しいと思えてしまう。

ふと顔をあげると、平野さんの目と目があって。

今頭に浮かんだことが、全部顔に出てしまいそうだから……


「そういえば、あのトスに回転をつけたって言ってましたよね。
そんなふうにつけたりつけなかったり、出来るってことですか?」


『寂しい』という台詞を期待された気がして、思い切り関係のない言葉を選んだ私。


「出来るよ、オーバーパスなら味方にはなるべく癖のないものをあげて、
次のプレーをやりやすくするけど、攻撃出来なかった時には相手に返すだろう。
せめて少しでも取りにくいものと思えば、そういう細工もする」


細工……

私には、考えられない高度な世界。


「あの日、瞬間的に思った。そうだ、ここでわざと不満足なものを見せて、
納得出来ないと言ってくれたら、合宿の時にでも完璧なものを見せに行くと展開させて、
で……って」

「瞬間的に……ですか」

「あぁ……いい作戦だと自分では思った」


つまり、平野さんにも迷いがたくさんあって、

あの場所で『さようなら』をするには、気持ちが定まらなかったということ。


「でも、終わった後、何も言われないで納得したと言うから、
本当に気づかなかったのかと思っていたんだ。でも、市川には言っただろ。
回転がついていたけれど、テーピングが影響しているのかって……」

「言いましたよ。市川君ならわかるだろうと思って」

「市川にはいつも素直に聞くよな、お前。
平野さん、どうしてそんな意地の悪いことをするのかって、あいつに言われたよ」


意地の悪いこと?


「エ……市川君にもわかっていたということですか、それなら」

「あぁ……テーピングをするような出来事はなかったし、話を聞いて、
わざとでしょうと……」



この二人、どういう性格をしていて、どういう関係性だろう。



「あ……そうだ」


平野さんは両手で小さな丸を作る。


「ほら、あの小さな女の子にもらっただろ、タッチ会の日、お守り」



『みいたんのお守り』



「はい」

「事故の日、あれを作った工場にも顔を出す予定で持っていた。
あのおかげで、これくらいで済んだのかなと、入院しながら思ったよ」


平野さんは自分の左手を軽く動かす。工場で作っていた小さなバレーボール。

覚え立てのひらがなで、『おまもり』と書いてくれて、

平野さんに手渡した女の子とお母さん。

今も元気で応援してくれているだろうか。


思わず見てしまう、平野さんの左手。

骨折だと聞いて驚いたけれど、その後すぐに、治る怪我でよかったとそう思った。

もし、命まで取られてしまったら、今、この場所にはいないわけで……


「2ヶ月、会えないのは寂しいですね……」


意地なんて張らなくていい。気持ちは素直に伝えたい。

思いに押されて言葉が出て行った。

旅立つ理由は仕事なのだから、必ず戻ってくれるとわかっているのに、でも……


「いいですよ、何を言っているんだと笑ってくれても」


そう、笑ってくれてもいい。

もう31歳の大人なのに、初めての恋心のように、ドキドキして。

いや、きっと初めてだ。

朝から晩まで、何をしているのかとにかく気になってしまうくらい、

人を好きだと思えるのは……


平野さんからの返事がないまま車が走り出し、

あっという間にアパートの前に戻ってくる。

サイドブレーキを引く音がして、エンジンが切れた。


「……一緒に行くか」

「エ……」


『一緒に……』

その言葉を受けた数秒後、私は大きく首を左右に振る。


「そんなことはしません。『バーズ』の大事な時期です」


そう、私にとっても平野さんにとっても大事な『バーズ』。

平野さんは笑いながら頷いている。


「戻ってくるよ……最初にここへ」


頷く私の頬に触れた平野さんの左手。

その手のぬくもりを、愛しく思い、私は自分の手を重ねていく。

誓いのキスは長く、そして忘れたくない大切なものになった。


【32-3】



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