33 自然なこと 【33-2】



運転席から出てきた男性の姿に、驚きで足が止まってしまう。

何を言われるのだろう、もし、腕を引っ張られでもしたら、

朋花だけはここから逃がさないと。

とにかく朋花の前に私が立って……


「石橋結花さんですね」


名前を呼ばれたことはわかっているけれど、肯定したくなくて黙ってしまう。


「お姉ちゃん……」


私は、朋花をかばうように前に立つ。

妹は何も関係がないですから。


「突然で申し訳ありません」


今度は、停まっている車の後部座席の窓ガラスが開く。


「こんにちは……」


白髪の品が良さそうな女性が、後部座席に座ったまま、笑顔で挨拶をしてくれた。

ちょっと待って、私はどちらもお会いしたことがないし、知らない人だ。

この男性といい年配の女性といい、『私のことをすでに知っている』気がする。

何がなんだか……


「こう何度も周りに現れては、石橋さんに警戒されると話したのですが、
母がどうしてもと言いまして」


運転手をしていた男性は、深々と頭を下げた後、

ポケットから名刺を出し、私に渡してくれる。


「『STEM』会長秘書?」


渡してもらった名刺に反応したのは朋花で、驚いた目のまま私を見た。


「私と旬の両親とは、昔からの付き合いがありまして。
うちの母も、旬のことは息子同然と思っているものですから」

「シュン?」


私の隣で、朋花の顔が右に左に動く。


「姿を見るだけと思っていたら、今度はお話をしたくなってしまって。
今度ぜひ、遊びに来てくださいね、旬と一緒に……」

「お母さん、石橋さんにもお会いできたし、挨拶も出来ましたから、
もう今日限りにしましょう。私だけが動いていたのだと思っていたのに、
隠れて何回も出ていたでしょう。コソコソ動いていたと、旬に怒られますよ」

「あら……そうね。こうして何度も姿を見に来ていてはダメよね。
しかもご実家にまで。でも、ほら、知っている場所だけに、ね」


車に乗っていたのは、『生沢はなゑ』さんと『生沢隆一』さんで、

生沢家は老舗の豆腐料理を出す『雪之里(ゆきのさと)』を経営している。

昔から平野家との付き合いがあり、重要な会議や交渉など、

『STEM』の人が『雪之里』を使うことも多く、

隆一さんが平野さんのお父さんと親しくなったことで、

お母さんとの縁もできたのだと、後部座席に座るはなゑさんから、

私たちは簡単な説明を受けた。

ドラマにあるような、付き合いに反対派が乗り出してきて、私に嫌みを言うとか、

平野さんに近づくなとか、そういう妨害が来るわけではないことはわかったが、

その分、情報がストレートに伝わってしまい……



「エ!」

「朋花……」


家に戻り、部屋に2人で入ると、大きな声を出さないでという意味で、

指を口の前に置く。


「ごめん、だって驚いたから」

「私だって驚いた。まさか平野さんの知りあいの人が……」

「いや、私が驚いたのは車の人達じゃない。お姉ちゃんがあの平野と……」


妙な形で情報を入れてしまった朋花には、誤解のないように正直に流れを語った。

実際には本当にまだ、何も始まっていないし、これからどうなるのかもわからないから、

親にも話をする段階だとは思えなくて。


「そう、今、スウェーデンに行っているの」

「うん」


朋花は頭の中で、色々と情報をまとめているのかしばらく黙っていた。

私は生沢さんがくれた名刺を、あらためて見る。



『旬と一緒に……』



好意的に見てくれていたのはありがたいが、知らないことばかりが降りかかってきて、

水の中ではないのに、溺れている気分。


「お姉ちゃん」

「何?」

「なんだかさ、今……急に思った。相手が平野じゃ、そう簡単に言えないし、
苦しかったよね」


朋花は、自分のように言いたいことを言えなかっただろうと、私のことを心配する。


「私なんてさ、みちとのことをお姉ちゃんに洗いざらい話していたでしょう。
それで気分転換できたし、冷静にもなれた。ひとりで『ふつふつ』と悩むなんて、
いやぁ……私には無理」



『ふつふつ』



「『ふつふつ』か……」


朋花の言葉と、昔ちゆきが言った言葉。

同じ文字なのに、意味は違う。


「悩んでいたのかな。今思うと、あっという間だった気がするし」


そう、知り合ってからの日々が、私にはものすごく濃くて深い時間で。


「まだ、お母さん達には言わないのでしょう」

「うん……まだ、本当に始まったばかりだから」


私が知っている平野さんの時間は、『バーズ』に入ってきてからしかない。

運動音痴でスポーツに興味がなかったこともあるが、知らないことの方が多すぎて。

勢いで始めたものの、すでにあふれ出しそうなくらい。

二人で2階の部屋に入ったため、下から母の声が聞こえてきた。

朋花は『今行くよ』と返事をして、また扉を閉める。


「あの平野かぁ……」


朋花のつぶやき。


「あのって何?」

「エ……だって有名人だし、スターだし。どうしよう、お兄さんになるかも」


朋花はそう言った後、自分の頬をパンパンと両手で叩く。


「いやいや大丈夫、話せるときが来るまで黙っているから。私はお姉ちゃんの味方」

「……ありがとう」


朋花はそういうと、笑顔のまま頷いてくれた。


【33-3】



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