33 自然なこと 【33-4】



「もう、真面目に聞こうとしたでしょう」


澄枝さんが、『ほら、そろそろ』と終わりがないような休憩話題に、

そこでピリオドを打とうとする。


「親は、娘や息子が明るく笑っていたら、それで満足しないと」


澄枝さんはそういうと、ペットボトルの蓋を閉じ、自分の袋に入れる。


「そうそう、そうだ、そうだ」


望月さんがさらに相づちを入れ、『ラッコーズ』の休憩時間が終わりを迎える。

そういえば、朋花がみち君との生活ぶりを話す度、いつも母は嬉しそうに聞いている。

『娘が幸せ』でよかったなと、きっと思っているのだろう。



幸せ……か。

私は……



「石橋さん、サーブ頼むね」

「はい」


私はボールをカゴから取り出すと、何度か床にバウンドさせる。


「行きますよ!」

「おぉ!」


『ラッコーズ』の練習が、そこから再開された。





本日は、金曜日。

金曜日という曜日は、7日に1度巡ってくるけれど、今日は特別な金曜日だ。


平野さんが長い旅から戻ってくる。


何を見て、どんなことを考えていたのか聞いてみたいけれど、

まずはしっかり休んでもらわないと……



「エ……ウソ……」


そう、しっかり休んで欲しいと思っていたその日の午後、

見慣れた青い車が、事務所の駐車場に止まった。

ボードの予定表を貼り替えていた私は、すぐに見つけてしまう。


「あ……あれ、平野さんじゃないですか」


横で画鋲を持っていた本田さんも、すぐに窓から外を見る。


「うん……そうみたいだね」


本田さんの言う通り、あれは平野さんだと思う。


「松尾さんが呼んだのかな。それにしてはいないけど」

「うん……だよね」


運転席から降りた平野さんは、間違いなくこちらに向かってきた。

なぜだかわからないけれど、とにかく席に着いていよう。

『会いに来る』と言っていたけれど、ここに来る?

扉が開き、入ってきたのはやはり平野さん。


「平野さん、どうしたんですか、急に」

「今朝、スコットランドから戻ってきた。で、東京に戻ると、面倒だから」

「……面倒?」


何も知らない本田さんが、平野さんに疑問をぶつけている間、

状況は少しわかっているけれど、まさかと思っている私は、口を挟むこともできない。


「松尾さんに呼ばれました?」

「いや、呼ばれないよ。よし、あれとこれと、あの場所を貸して」


平野さんがソファーを動かし、その横にパーテーションを移動させる。

事務所の端っこに、仮眠所が出来上がった。


「松尾さんいないのなら、客も来ないよな。しばらく寝ます」


平野さんはそういうと、上着を脱ぎ、本当に横になってしまう。

鏑木さんは『寒くないですか』と平野さんに声をかけた。


「大丈夫、気にせず仕事をどうぞ」


パーテーションの向こうから、そんな声が聞こえてきた。

それぞれが席に戻るけれど、気にするなって、それ、無理でしょう。


「平野さん、どこかに行くつもりですかね、ここで仮眠なんて。
東京に戻るのが面倒だとか言ってましたけど」


少しトーンを落とした本田さんの声。


「そうだね」


同じように落とした鏑木君の声。

平野さんが来た理由を知らない本田さんと鏑木君は、

本当にただ、『仮眠』に来たと思っている。



いや、本当に仮眠に来たのかな。



しかし……



「いやぁ、平野さん。スコットランドですか」

「見てましたよ、ホームページ」


そう、ここに来れば平野さんの計画通りに話は進まない。

練習に向かう前、事務所に顔を出したメンバーから、

平野さんが来ている情報が流れ、一人、また一人と事務所に顔を出した。


「2ヶ月ですか」

「まぁ、だいたいな」

「すごいな……」


誰かが来ては話し、また出ていくと誰かが来る。

そういった状況のため、実際、仮眠時間は1時間も取れていない。


「お前達、ほら、そろそろ練習に行けよ。明日試合だろう」

「行きますよ、行きますけど……」


パーテーションの中から、梶浦君や若手が数名追い出される。


「平野さんもいつまで仮眠しているのですか。
予定がないのなら行きましょうよ、体育館。若松監督喜びますよ」


岸川さんはパーテーションのこちら側から、中に声をかけた。


「予定がないとは言っていないだろう。もういいから、行けって。
眠りの邪魔をするな。お前達の練習に付き合うために来たわけではないから」


平野さんの声。


「平野さんが来ているって、本当ですか?」


遅れて情報を得た明石さんが、事務所に登場する。

解散するかもしれないとなった人の輪が、明石さんの登場でまた、

平野さんに向かっていく。


「平野さん、なんすか急に」

「明石、見てわかれ。俺は時差のある場所から戻ってきて、
忙しいからここで仮眠をしようとしている。お前達がごちゃごちゃ入ってくるから……」

「仮眠? ここでしようとするのが間違いですよ」


そう、それは私も明石さんに賛成。

自分の家に戻って、しっかりと寝るのが普通。


「大事な予定があるんだよ」


平野さんは『あぁ、もう……』と言いながら立ち上がると、結局、

メンバー達と話し出す。

人が少しずつ増え、結局、練習出発時間ギリギリになるまで、

平野さんを含めた会話が、そこでつながった。


【33-5】



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