39 思い出の壁 【39-3】



旬のお母さん。

『STEM』社長の一人娘として育ち、社員だったお父さんと結婚。

旬を生み、家庭を支えていた人。

叔父さんと父親、そしてご主人。色々なしがらみの中で苦労をして、亡くなった。

育った家に戻り、こうしてこの場所に立つ旬は、何を思っているだろう。


「わがままだけを言って、何もしてやれなかったな」


親子としてぶつかったこともあるだろうし、男の子は反抗期もある。

旬が選手として華やかな頃には、もう、お母さんはいなかったわけだし。


「そう思ってしまうのが嫌で、ずっとこの家にも戻らない日が続いていたけど、
現役を辞めたら、急に懐かしくなって」

「……うん」

「帰ってきたよ……」


旬はそういうと、ろうそくに火をつけ、お線香を持った。

お母さんの遺影を見ながら、目元や輪郭が旬と似ているなと、そう思う。


「うちの庭でさ、いつも何やら野菜を作っていた。
それを母親と一緒に取ったことがある。トマトとかピーマン」

「家庭菜園?」

「まぁ、そんなことだろうな。小さい頃のことだからさ、
しっかりとした記憶ではないけどね」


旬と一緒に手を合わせ、心の中で名前を名乗る。


「ただ、そのとき取ったピーマンに、虫がついていたんだ。
これくらいだったと思う」


旬の指が1センチくらいの幅を作る。


「毛虫?」

「いや、そんなに詳細には覚えていない。とにかく虫。
それがショックで、そこからピーマンは受け付けない」


家庭菜園のピーマンから出てきた虫を見て、旬はどのピーマンを見ても、

虫と結びつけてしまうと、ため息をつく。


「だって料理には小さく入っているでしょう」

「だとしてもピーマンはピーマンだ。あいつは色とか落ちないし、
主張する力が強い」


旬はそう言って遺影の前を離れていく。

私は『なんだか強引』と言い返す。

二人で玄関から外に出て、家の裏側に回った。

芝生の場所と、そうではない場所があり、

レンガに囲まれた部分には、綺麗な花が咲いている。


「さすがに庭は人に頼まないと、この状態は保てないからね、あの場所も、
母親が亡くなってからは、花壇になってる」

「うん……」


あの場所でお母さんは、小さな野菜を育てていたのだろう。

南向きで、日差しもしっかり入ってくるから、プチトマトやキュウリなら、

確かによく育ちそう。


「ほら、あれ」


旬の示した場所には、少し高めの塀があった。

その向こう側には、駐車場がある。


「あの塀に、よくボールを当てていた。最初はもう少し低かったんだ。
それでボールが向こうに行ってしまって、車の上に落ちたりしたから、
母が、少し高くしてもらって……」

「あ……だから少し色が違うの」

「うん」


大人になった今見ると、それほど高い塀ではないけれど、

子供の頃なら、ボールをぶつけたくなる気持ちは理解出来る。


「中学の頃は、身長がそれほど高くなかったからね……」


旬はそういうと、一度玄関まで戻っていく。

こちらに戻ってくるその手には、バレーボールが握られていた。


「さて、やりますか」


旬はあの塀に当てるつもりだろうか。


「おい、何ボーッとしているんだよ。結花がやるの」

「エ……ちょっと待って、旬が練習してよ。私はいい、見ているから」

「何言っているんだよ、俺がこの塀に当てても意味が無いだろう。
ほら、あの壁に当ててみろって」

「いや、でも……」


旬が、この家にいた頃、当てていたという壁。

そこにレシーブでボールを当てろという指示。

普通にやれば出来なくはないだろうが、なんだろう、ちょっと変な打ち方になったら……


「いいか、気をつけろよ、壁を越えていったら、俺の車に傷が付くぞ」


ほら、プレッシャー。


「いいよ、ここで練習しなくても」

「どうして」

「どうしてって……」

「これほどの、コーチに教えてもらえる機会なんてなかなかないぞ」


旬はそういうと、自分で壁にボールを当て始める。

レシーブの構え、そして確実にボールを当てて、同じ場所に打ち返す。

以前、体育館で見た『雲に乗るトス』の前に行うプレーと一緒。

同じリズム、同じタイミング、同じ場所。

ボールには、変な回転がついてしまうこともないため、

癖のないものがまた戻ってくる。


「ほら、ニヤニヤしていないで」


旬がレシーブの方向を変えて、私の方へあげてきた。


「あ……」


落ちてくるボール。でも、落としたらダメでしょう。

できるだけ丁寧に、ボールの下に入って……

とりあえず上にあげる。


「お……なかなか素直なボールだ」

「ねぇ、いいって……」

「ほら、次」


また旬からこっちに……

一瞬、太陽のまぶしさが、目をかすめて……


「あ……」


思っていたよりもボールの方向がずれてしまった。


「……っと」


旬は素早くカバーをしてくれた。ボールはまた綺麗に上に……


「ごめん、眩しくて……」


今度は慎重に下に入る。

大丈夫という意味だろうか、旬の右手が、軽くあがった。

私から旬に、旬から私に……

芝生の上で、何回ボールを打っただろう。


「お……」

「ごめん」


結局、失敗するのは私で。


「だんだん腰が高くなる。気持ちばかりが前に行くから、だからコントロール出来ない」

「……うん」

「ボールばっかり見ていたらダメだ。自分がどこに打つのか、方向を意識して」

「はい」


コーチをしてもらうつもりはなかったのに、いつの間にかこうなっていて。

それからもしばらく、旬の声とボールの音が、入り交じっていた。


【39-4】



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