40 さよならの先に 【40-3】



江口さん、市川君、そして3年前まで活動していた選手達、

コート内は一気に若返る。

旬は声が聞こえた方向に、軽く手を振った。

現役選手だった時、そして引退してからの事故、応援してくれたファン達に、

あらためての『ありがとう』。


「ほら、お前達、ここからが本番だからな」

「うわ……江口さん、気合い入ってますね」

「当たり前だろう。秘密の特訓の成果を見せてやる」


普段から選手達と交流している江口さんらしい、声のかけ方。

セッターポジションには市川君が入り、軽く互いに打ち合わせをした。

私は持ってきたバッグから、お母さんの指輪を出し、右手にはめる。

旬のプレーを一緒に見たい。


「よし……いこう!」


伊藤監督の声と、手合わせ。

あらためて、そこから試合がスタートした。



サーブは現役チームから。

ボールを高く上げて、思い切り打ち込む『ジャンプサーブ』だが、

岸本さんの前にリベロだった沼岡さんが、しっかりと市川君に返す。

市川君の手から……



離れたボールは、旬のところに……



飛び上がった旬の左手が、ボールを捉え、スパイクされた。

選手の手を弾き、ボールは追えない場所に。

体育館は大歓声が起こり、拍手がさらに続く。


「すごいな……平野さん。あのコースに今でも打てるんだ、
現役の頃と変わらない」

「そうだね」


本田さんと鏑木君の声。

アスリートが現役から離れれば、当然体力も筋力も落ちる。

完全に同じなどあり得ないだろうけれど、旬は今日のためにできる限り戻してきた。

『真剣勝負』、それをファンの人達に見せるように。

私は右手の指輪に触れる。

私が旬のこの姿を目に焼き付けるように、お母さんにも届いて欲しい。

旬がここから次のステージに向かっていくために、区切りをつけていく日。



『バレーボール、全日本のエース』

その鎧を、本当に下ろしていく日。



市川君と旬のペア、江口さんと市川君のペアなど、

時間の流れなど感じさせないくらい、息がピッタリとあっていた。

旬のスパイクを綺麗なブロックで止めた明石さんは、両手をあげて喜び、

その次は江口さんがお返しとばかりに、速攻を決めていく。



旬のスパイクの音、シューズの音、

アタックを打つと見せかけて、トスに変えて行く変速プレーなど、

色々と飛び出してくる。

それでも、現役チームには叶わず、試合はOBチームの負けだった。





「石橋さん!」

「澄枝さん……あ、みなさん」


試合が終了し、観客たちが体育館から出て行く。

その中に、澄枝さんや小林さん、『ラッコーズ』のメンバー、数人の姿が見えた。

私は階段の横から手を振っていく。


「楽しいイベントだったよ。これからも『バーズ』、応援するからね」

「はい……」

「またね」


私は手を振りながら、『木曜日に!』と声をかける。

選手達が出てくると思うファン達が、体育館の出口を囲んでいて、

その熱は一気に冷めてはいかない。


「鏑木君は、松尾さんと向こうに行きました」

「うん」


松尾さんと鏑木君、そして本社の広報担当者は、

今日のお客様であるOBたちと選手達を連れて、打ち上げの会場に向かった。

広報だけれど、OBになる江口さんも当然参加で。

荷物をまとめて、事務所に戻るのは、私と本田さんの役目。

一緒に試合を見たお母さんの指輪は、無くさないようにしっかりとケースの中に。


「どれくらい売れたのかな、グッズ」

「そうだね。結構、体育館でも出している人達いたし」

「そうですね」


会場販売は終わったが、今年1年、練習試合やリーグ戦などでも販売する。

私にとっては、最後のシーズン。


「私もこれ、買っていい?」

「エ……タオル、松尾さんからもらいませんでしたか」

「うん、もらったけれど、少し渡したい人もいるから」


『バーズ』の『30周年記念タオル』を私は5つ買うことにした。

実家や朋花、そしてちゆきや旬のお父さんにも渡したい。


「個別の袋、もらっておくね」

「はい、どうぞ」


30歳になる少し手前で、なぜか急に『バーズ』の広報担当となり、

人生初の引っ越し、一人暮らしをすることになった。

わからないことばかりで、大変だったけれど、でも、『バレーボール』との出会いは、

私の全てを変えてくれた。

小さな目標に向かって努力したおかげで、運動神経がなくても、

スポーツを楽しめる方法を知ったし、ルールを理解したおかげで、

選手達とも気兼ねなく話しが出来るようになった。



そして……一緒に歩いて行けると思う、大切な人とも出会うことになって。



「石橋さん、行きましょう」

「うん、行こう」


私と本田さんは、タクシーで事務所に戻る。

その日、OBや関係者が出席した打ち上げ会で、勧められたお酒を断り続け、

いつの間にか消えていた旬の話を江口さんから聞いたのは、

休みが明けた火曜日、午後のことだった。


【40-4】



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