40 さよならの先に 【40-4】



「さて……二人揃って、俺をここに監禁するとは、どういう意図かな」

「監禁ではないでしょう、ここは普通のレストランですよ」

「お……そうか」


水曜日の夜、旬と私は松尾さんを食事に誘い、

『結婚』をするつもりだと、話すことにした。

私たちの出会いを作ってくれたのも、色々と影になり応援してくれたのも、

松尾さんであることは間違いない。


「そうか、まとまれたか」


松尾さんは感慨深げにそう言った後すぐに、

『俺のおかげだな』と、旬に得意げな顔を見せる。


「なんですか、それ。見城さんから聞きましたよ、引退前に」

「ん? あのタヌキ親父何を言った」

「松尾はどうして新しい広報を女性にしたかな。
俺は平野の担当は男がいいと思っていたのに、
松尾が指定してきたのは女性だったからって……。つまり、最初から松尾さんは、
俺が頼んだ男性を入れるつもりはなかったってことでしょう」


旬はそういうと、『確信犯だよな』と言い、

見ていたメニューを横にいる私の方にずらしてくれる。


「確信犯? どういうことだよ。俺は広報担当として、あのときのお前には、
配慮の一つもない男じゃだめだと思っていたから、女性を頼んだだけだよ。
『ブルーサンダー』では、全日本のエースだったからと、まぁ、もてはやされて、
その影響からか、お前も、『バレーボール』界は、
自分がいなければどうにもならないかのような態度だっただろ」

「そんなこと……」

「あるある、自分ではそう思わなくても、周りがそうさせていた。
広報担当は、完璧に応えなければ、地獄に落とされるような気分だっただろう。
その証拠にお前の担当をした広報、3人くらい行方不明になっているだろうが」

「エ……行方不明」

「違うって、松尾さんの話に騙されるな」


私の驚きに、すぐ入ってくる旬の釈明。

でも、瞬間的にあり得ると思ってしまった私。


「地獄に落とされるってなんですか」

「なんですかって、そう思われていたの、実際」

「行方不明ではないですよ。勝手に海に行ったやつと、
駅のトイレから出られなくなったやつがいただけで」

「どっちも連絡がないのだから、会社からしたら行方不明だ」

「根性がなかっただけです」


旬は、そう言った後、『いや、違うか』と笑い出した。


「確かに、追い込んだのかもしれませんね。自分では終わりを常に意識していたから、
邪魔をして欲しくなかったので。だから、出来ることは全て自分でやりました。
自分でやった方が早く済むし。
でもその分、担当者と言葉を交わすことは少なかったと思います。
担当の広報は、俺と視線があえばすぐに『すみません』とか、
『何か足りないものはないですか』とか、気を遣われてばかりでしたから」

「うん……」

「俺はタオルを持ってこいとか、それこそ足をマッサージしろなんて、
他の選手のように、一度も言ったことがないですよ。頼んでいたのは買い物くらいで」


買い物……『グリンのアーモンドチョコとプレーンのヨーグルト』。

私も買いにいったことがある。


「それが壁になったと言われたら、まぁ、そうかもしれません。
内心、『お前達に理解など出来るわけがないから、邪魔をするな』と
常に思っていましたし」


旬の話を聞きながら、出会った頃のことを思い出した。

確かに何かを聞けば、『話す必要があるのか』と言われ、言葉が出なくなったから。


「男だとまともに言葉が飛ぶけれど、女性なら少し和らぐかなと思ったんだ。
俺の勘だね、そこは」


松尾さんは私に向かって、『どうだった?』と聞いてくる。


「どうだったですかね。最初の頃は散々言われて、両手をいつも握りしめてましたけど」


そう、車の排気ガスのように、嫌な存在感が長く続くような言葉を、

常に浴びせられた気がする。


「あはは……そうだったな、そういえば。最初からお断りしますと言われたし、
石橋さんの『なんですかこいつ』って顔、今でも覚えているよ」


松尾さんはそういうと、両手を組んで笑い出す。


「よく言うな。最初からそっちこそ言いたいことを言っていただろう。
平野さんは間違っているとか、命令するなとか……」

「命令するななんて言った?」

「……そんなようなことは言った」


私は、旬の細かい『一言』まで覚えていないのに、

ネチネチ言うなんて、なんだかうるさい。


「まぁ、まぁ、言いたいことを互いに言って、
それでもまた近づこうと思える関係は本物だよ。
とにかく、食べよう。腹が減った」


松尾さんの言葉に、私たちも頷き、そこから食事会がスタートする。

私は来年の3月まで『Assemble』に勤め、退社するつもりであることも話した。


「ご両親には?」

「正式にはまだ、両方の家に話していませんけど、この間うちに来てもらって、
親父には会ったし、母の形見の指輪を渡してくれたので、まぁ……」

「ほぉ……お母さんの形見を」

「はい。親父が結婚前に渡していたもののようです」

「それならお父さんも喜んでくれているわけだ」

「はい」


仕事場につけてくると、本田さんにすぐ突っ込まれるので、お母さんの指輪は、

今日は家に置いてある。


「石橋家は?」

「親にはお付き合いをしていることだけ、話しています。年齢も年齢ですし、
当然、そういう方向で付き合っていることはわかっていると思いますから、
これから、二人で行こうかと……」

「そうか……」


松尾さんは私と旬の顔を交互に見た後、『よかったな』とあらためて言ってくれる。

旬はすぐに『はい』と答え、私はその後に頭を下げた。





松尾さんに話をした通り、その夜、私は実家に電話をかけた。

旬から『プロポーズ』をされ、それを受けたことを話す。


「お父さんとお母さんの都合がいい日に、二人で挨拶に行きたいと思っているの。
いつならいい?」


電話に出た母は、少し慌てている様子も見えたが、

『少し待ってね』と電話を保留状態にする。

『子犬のワルツ』が耳元でしばらく流れていたが、

その後、『結花……』と、母の声が聞こえてきた。


「うん……」

『8月中なら、日曜日のどこでも大丈夫だって。土曜日はお父さん、
新入社員の研修監督があるっていうから』

「わかった、旬と相談してみる」


私は自分の手帳を開き、予定を確認する。

8月はチームの合宿がある。その週は予定に当てられない。


『結花……』

「何?」

『お父さんもお母さんも、結花の決めたことを反対したりするつもりはないから、
二人で無理のない日を選んで、こちらに来なさい』

「うん……」

『向こうのお父さんの方を、先にね』

「うん、わかった」


『石橋結花』から『平野結花』になること。

母はそれを気にしてくれている。


「それなら、またね」

『うん、またね』


静かに携帯を閉じ、テーブルの上に置く。

何かが決まっていくことが、何かから離れていくことだとわかり、

ほんの少しだけ、切なくなった。


【40-5】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント