40 さよならの先に 【40-5】



朋花がみち君と結婚したのが、去年の11月。

そしてまた私が……

『石橋』の名前を消してしまう。



「うちを?」

「うん、もう一度きちんとお父さんに報告してからって」


仕事帰りに寄ってくれた旬と、部屋で食事をしながら話をする。

旬は『もういいけど、うちは』と言った後、『あ、そうだ』と表情を変える。


「そうだ、それなら会社に行こう」

「エ……『STEM』に?」

「いや、『STEM』本社ではなくて、関連会社。『エスバン』って知ってる?」

「『エスバン』って、あの湿布薬のこと?」

「そう、売り上げが大きくなったから、『エスバン』は別会社になっているんだ。
今、親父がそこの役員をしているし、来週ならおじいさんも顔を出すはずだ」


『STEM』の関連会社は、国内にいくつもあって、

ヒット商品になったものが、いくつか単独の会社を作り、研究所もあった。

そのいくつかをまとめ、『STEM』とのバランスを保っているのが、

お父さんの役割になっている。


「まぁ、結花が中に入るわけではないけれど、でも、見ておいて悪くはないと思うから。
一緒に行こう」

「邪魔にならない?」

「邪魔になるほど、存在感だすつもり?」


旬はそう言った後、『大丈夫だよ』と笑い出す。

私は『わかった』と言った後、少し大きめの息を吐いた。





「ボールが40ですかね」

「うん、合ってます」


8月の合宿前、本田さんと荷物の確認。

先日の練習試合も、結構、実力差を出せたくらいの勢いがあった。

やはり1部リーグで動いてきた『オルカーズ』5選手の加入は大きい。

しかし、外から見ている広報の私たちには、感じられることが別にあって。


「そうだ石橋さん。城所君が、合宿にはいかないと決断したって……聞きました?」

「あ……うん、松尾さんから」


大学を卒業し、『バーズ』に入り、今年30歳の節目を迎える城所君が、

春先に怪我をし、そこから練習を外れた。

同じポジションには、『オルカーズ』から来た井口さんもいるため、

レギュラーがさらに遠くなってしまう。


「選手にピリオドを打つつもりですかね」

「そうかもね……」


今年1年は、全ての選手の契約をそのままにすると、若松監督が条件を出したため、

それが守られているが、来年の契約からは、条件が変わってくる。

同じチームで練習し、勝利を目指しているけれど、彼らはライバルでもあった。

社員だけれど、同じ社員ではないということを、こうして感じてしまう。


「市川君は、すっかり全日本のメンバーに入りましたね」

「そうだね、この間の『30周年記念』イベントも、市川君の取材、多かったし」

「そうですね。うちにいた頃とは違いますよね」


最初に入った時には、逃げてしまった市川君が、あらためて向かった場所で、

しっかりと存在感を示すようになった。旬が『バーズ』に来て、

市川君にゲキを飛ばしていたのは、もう2年以上も前になる。


「顔つきも変わったね、市川君」

「あ、そうですよね。堂々としていて」


出場した世界選手権で、全日本は6位の成績だった。

市川君はそのほとんどの試合にスタメンで登場し、外国記者達からの注目も浴び、

ネットで特集記事が作られる。


「奥平監督も、褒めてましたしね」

「うん」


市川君は、『パワーズ』でも正セッターのポジションをしっかりと守っている。

これからますます、活躍の場所が増えるだろう。

事務所の電話が鳴り、私が受話器を上げる。


「はい、『バーズ』広報……」

『あ、石橋さん? 俺、江口です』

「はい、どうしました?」

『いや、急なんだけど、今、見城さんがそっちに向かっているらしいんだ。
何を考えているのか知らないけれど』

「エ……」


私の声に、本田さんが『どうしました』と聞くので、受話器を一度押さえ、

『見城さんがここに来るらしい』と話す。


「エ……最悪」

「それで、どうすればいいですか」

『松尾さんに会いたいのだと思うから、あと1時間……は?』


江口さんの声。

そう、松尾さんと江口さんは一緒に車で出かけている。


『ごめん、松尾さんがあと2時間かかると言ってくれって』

「そんなにかかります?」

『そう言って欲しいらしいよ。待つのが嫌なら、出直してくれと』


つまり、戻って会いたくないという松尾さんの拒絶反応。


「わかりました。そう伝えます」


私は受話器を置き、本田さんに今の会話を伝えた。

本田さんは『2時間残られたら、こっちが迷惑ですよ』とまた嫌な顔をする。


「2時間って言われたら、普通、帰るんじゃない?」

「いやいや、見城さんはそういう物差しで測れないんですよ。
元々、時間なんて平気で作れる人ですから」


本田さんは、『役所の書類の提出に行けばよかった』と悔しがる。

その役目は、ただいま鏑木君が実行中。

私はキッチンに向かい冷蔵庫を開け、麦茶があることを確認した。





「いやぁ……暑いな、このあたりは特に暑い気がするぞ」


江口さんの話の通り、それから10分くらいして見城さんが確かに事務所に入ってきた。

本田さんが出した麦茶を一気飲みする。

すぐにコップを動かし、『もう1杯』の合図。

本田さんは、ほぼ無表情のまま、麦茶を入れた。


「合宿の準備か」

「はい。出発が近いので」

「いつからだ」

「あさってからです」

「ほぉ……」


『会話終了』。見城さん、知ったところで興味なんてないくせに。

本田さんは、お盆を持ちキッチン側に向かう。


「そうか、松尾は戻るのに2時間かかるか」


2時間かけて、どこかで時間を潰してくるはずです。

今日はどうか、お帰りください。


「松尾に間に入ってもらおうかと思ったが、そうか、2時間はなぁ……
俺も忙しいし」


本田さんはキッチンから戻り、自分の席に着く。

見城さんは事務所の入り口を見ながら『2時間か』と繰り返した。


【41-1】



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