42 あなたと私 【42-5】



「結花さんには、一時期、ずいぶん冷たく失礼な態度を取ったこともありました。
それは、自分自身、少し特別な場所にいる意識があって、会社と親戚と、
その間に挟まれた母の辛さも、幼い頃から見てきたからだと思います。
選手を辞めて、1からやらなければならないので、守ってあげられるかもわからないし、
結花さんなら、私ではない人でも幸せになれるだろうと考えていたので……」



『ストレスが溜まる』

『広報を辞めて欲しい……』


「それなのに、結花さんは私に、
現役時代と変わらず、間違っていることは指摘をしてくれました。
形ばかり繕おうとする人が多い中で、そのまっすぐで正直な気持ちは、
私にとって何ものにも変えられなくて」


『あなたが萎縮させています』

『……言って欲しくないから』


「どんな状況になっても、きちんと目を合わせて話してくれる彼女を見ていて、
そうか、結花さんなら自分が思うように、他の男の人でも幸せになれるけれど、
俺は絶対に無理だな……と」

「無理……」

「彼女でなければ、これからの人生を幸せだと思えないなと……ハッキリ感じたので」


広報と選手だった関係は、どこからか一人の男女に変わり、

一度は離れたけれど、そのおかげで……


「以前、結花さんに言われたことがあります。平野さんは『唯一無二の人』だと。
でも、彼女こそが私にとっては『唯一無二』の人だと……」



『唯一無二』



「バレーボール以外に、諦めたくないと思えたのは……彼女のことだけです」



旬の言葉を聞いている朋花は、どこからなのか、ずっと頷いていて。

視線は下を向いているけれど、母もどこか嬉しそうで。


「平野さん、どうもありがとう。親としては、とても嬉しい言葉です」


父はそういうと、旬に頭を下げてくれる。


「ありがとうございます、平野さん。姉をよろしくお願いします」


最初に質問をした朋花の言葉。

旬は立ち上がり、『こちらこそ』と頭を下げてくれる。

私も遅れて立ち上がり、旬と一緒に頭を下げる。

私こそ、お礼を言わないと、



『あなたでなければ……』と思える人に、出会えたのだから。





堅苦しそうな挨拶が終わってから、嬉しくなってしまったのか父は旬にお酒を勧め、

立場的に逃げられない旬も、覚悟を決めたようにお付き合いをしてしまう。


「エ……弱いの?」

「うん、強くないの。だから少しだけね」

「そうね……」


弱いからといって、暴れてしまうわけでもないし、人に迷惑をかけることもないだろうが、

案の定、それほど経たないうちに、旬を客間に寝かすことになってしまう。


「お父さんが悪いからね」

「ん? 俺じゃないだろう」


旬の様子に、逆に酔えなくなった父は、心配そうに見ている。


「大丈夫よ、少し寝ていればきっと……」

「そうか、まぁ、今日は大丈夫なのだろう」

「うん」


私はふすまを閉めて、横になっている旬のそばに座る。

江口さんからも、松尾さんからも聞いていたけれど、本当に弱いんだな、お酒。

いつも『出来る姿』しか見ていないから、弱点があると思うと、ちょっと嬉しい。


「……結花」

「何?」


なんだ、起きていたのか。


「気分悪くない?」

「ないよ」

「そう……」

「いいのかな、ここで寝ていて」

「いいよ、少し休んでいて。
お父さん、旬からきちんと聞きたいことが聞けて嬉しかったのだと思う。
どんどんお酒勧めるから」


そう、この人なら娘を任せても大丈夫だと、きっと思ってくれたはず。


「そうか……俺、頑張ったし」

「うん、頑張った」


旬の目は少し開いたけれど、また閉じてしまって。


「結花……」

「何?」

「愛している……」

「エ……」

「エ……じゃないだろう。ほら、結花も言って」


それほど大きな声ではないけれど、思わずふすまを見る。


「旬……」

「『愛している』って、はい、言ってください」


旬は目を閉じたままで、そう言ってくる。


「旬、あのね……」

「愛し……」


2段階くらい大きくなった声に驚き、思わず旬の口を手で押さえてしまう。


「ちょっと、もう……」


何、こういうパターンもあるの?

江口さんと松尾さんは、聞いたことになんでも答えるって言っていたのに、

今日は少し違うけれど。


「旬、声が大きいし、向こうにみんながいる……」

「別にいいと思うよ、俺は。愛しているわけだし……」



『今でも君を愛している』



そういえば、思い出した。

アパートのポストに入っていた手紙。

私宛ではなくて、『三井優華』さん宛だったけれど。

あの言葉を書いたのが、旬なのか、そうではないのかと、悩んで悩んで……


「そうだね、いいよね」


『愛している』なんて言葉、漫画ならわかるけれど、実際に使う人がいるのかと、

考えたりしたこともあって。


「愛している……」


寝ている旬の横にピッタリと寄り添って、照れくさいけれど言ってみた。


「俺も、愛している……」


酔っているから言う台詞で、しらふになったら聞いてもとぼけるだろうけれど、

たまにはこんなふうに、心の奥から引き出すのも悪くない。


「これからもずっと、あなたを愛している」


嬉しそうに私の顔を引き寄せた旬と私のおでこが、少しだけ触れ合った。



【Blanket】  終





コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ありがとう

ナイショコメントさん、こんばんは
いえいえ、いつでもお好きな時に読んでもらえばいいので、
感想も同じです。

>ここで終わってしまうの? と思った私です。

あぁ……そうなんですよね。
ラストをどうするのかは、いつも色々考えています。
100%見せるより、想像して欲しいところもあるので、
今回はここまででした。

次も始まっています。
こちらもまた、お気楽にどうぞ。
ありがとうございました。