5 彼女と彼の決断

5 彼女と彼の決断


康哉を岡山から追いかけてきた比菜の出した提案は、

事務所として動いていない夜の時間を、自分の住む場所として貸し出して欲しいと言う

思いも寄らないものだった。


「あの、上にロフトもあるようですし、生活に必要なものは自分で用意します。
まさかこんなことになるとは思っていなかったので、とりあえず……。
私も、何がなんだかわからない状態なんですけど、頼れるのは康哉しかいなくて。
こちらでの生活に目処が立てば出て行きますから、それまで……」


とんでもない比菜の提案に驚きながらも、仕事の時間が迫ったため、

靖史は時計を確認し笹本家へ向かった。

邦宏はそんな比菜の訴えに両手を組み、じっと何かを考える。

大和はくだらない提案に貸す耳はないのだとばかり、

携帯を取りだし無視したようになった。


「君……そういえば名前は?」

「長瀬比菜です」

「長瀬さん、そんなに康哉を信じているの?」

「はい……。康哉は何も理由がなく、持ち逃げなんてする人じゃないって、
そう思っています」


比菜はそう言うと携帯と通帳を握りしめ、下を向いたままになった。

メンバーの中で、康哉との付き合いが一番長いのは邦宏だった。

大和とは大学時代、学生同士として知り合い友達関係になったのだが、

互いに組織に入ることを嫌い、二人で出資してこの『フリーワーク』を作った。

しかし、すぐに経営がうまくいったわけではなく、

しばらくは互いにバイトで生活をする状態が続き、そのバイトをしていた店で、

邦宏と親しくなったのが康哉だった。


年齢は2つ年下で、人なつっこく、邦宏を兄のように慕ってくれていたが、

しかし、その時から長瀬比菜という女性の名前を、一度も聞かされたことはない。

それでも大和の情報では、この女性と康哉の携帯は通じていて、

まんざら冗談でもないように見えた。


始めから何かを仕組んでいて、自分たちを騙すためにここにいるのか、

それとも何か理由があって、ここにいるのかすら、今の邦宏には見分けが付かない。

誰が持ってきたのかわからない、トロフィーの置かれているロフトの方を向き、

邦宏は下を向いたままの比菜に声をかけた。


「よし、じゃぁ、こうしよう。長瀬さんは康哉を信じたいのだから、
あの通帳から半分、つまり15万円だけ俺たちに返してもらう。
残りは君が生活費に使うといい。一人じゃアパートだって借りられないし、
余計なお金がかかる。住まいは……希望通りしばらくここを貸そう」

「邦宏、お前何考えてるんだ……」


比菜がここへ住むことを認めようとする邦宏に、大和は驚きの声をあげる。


「いいから、大和。ここは俺に任せてくれ」


このワンルームマンションにあるロフトを主に使っているのは、ここにいる大和だった。

仕事を終えたあと、そのままこの部屋で過ごしてしまうことも多く、

家族の住む家に戻ることの方が、近頃は少なくなっていた。


「その代わり、ここは事務所として利用しているから、君には夜だけ貸し出すことにする。
期間は3か月。それでも康哉が戻ってこないなら、
残りの半額も払ってここを出て行ってくれ、それでどう? 
俺たちも仲間だった康哉を、警察に連れ出すようなことはしたくないんだ。
もし、その3か月の間に、他の場所を探すなり、
君があいつを信用出来ないと思うように気持ちが変わったら、
残りの金額は払わずに、ここを出て行ってくれて構わない」


邦宏はそう言うと、自分のポケットからカギを取り出し比菜に見せた。


「カギは申し訳ないけれど、俺と大和が持っている。
それは互いに出資して仕事を始めたからで、責任も権利も半々だ。
中から鎖で施錠できるから、夜はそうして防犯してくれないか?
これからホームセンターに行って、合い鍵を作る。でも、荷物の管理はどうするの?
ここにはバイトを頼んでいる大学生も、昼間は入ってくることがあるんだよ」

「邦宏、冗談はやめてくれよ。どうしてここを貸し出してやらないとならないんだ。
康哉を待ちたいのなら、自分の力で部屋でもなんでも借りるべきだろう。
ここはあくまでも会社だ。管理の書類もあるし、もしかしたら……。
最初から康哉と組んで、こっちを騙すつもりなのかもしれないんだぞ」

「騙すだなんて……。そんな趣味はありません」


自分に対しての疑いの目に、比菜は今まで避けていた大和の視線に向かって、

初めて強くにらみ返す。


「大和、ここはお前の逃げ場所でもない。お前はちゃんと家へ帰って、
そこから通勤すること。今まで好きなように使っていたのがおかしいんだ。
長瀬さんからはきちんと、月2万円家賃として払ってもらう。
そうだな、荷物は何か入れ物でも買ってもらって、カギでもつけることにしよう。
その代わり、電気、水道、ガスなどは使用してもらって構わないから……」


その提案を受けて、比菜は嬉しそうに笑顔を見せ、邦宏に深々と礼をした。

大和は何も言わず、黙ったまま目を閉じる。


「君の言葉と康哉とを、あと少しだけ信じさせてもらう。
でも、条件は絶対に動かせないし、もし、君たちが僕らを騙しているとわかった時には、
康哉も君も……行き先は警察だ」


邦宏は両手を前に組んだまま、最後の言葉に力を入れて、そう比菜に語った。

比菜はしっかり頷くと、一度だけ大きく息を吐く。


「わかりました、ありがとうございます」


大和はポケットからカギを取り出し、テーブルの上に放り投げた。

比菜と邦宏はその音に、何が起きたのかと大和の方を向く。


「おめでたい女と、のんきな経営者だ……」

「大和……」

「カギなんて作るなよ。置いていく。管理人さんがいるのなら、
朝早く開ける必要もないだろうしね。これからは1社員として、適当に出社します」


そう言うと立ち上がり、上着を手に取ったまま

大和は比菜と邦宏の真ん中を通り過ぎていく。


「お世話になります」


その比菜の言葉に反応することなく、大和はそのまま靴を履き、玄関を出て行った。





6 うたがいの眼差し


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コメント

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大胆な。。

さすが!若者!

比菜も大胆。邦宏も大胆。
私は大和に近いかな~

でも、比菜ちゃん、悪い子には見えないので、
これからこの会社にどうかかわってくるのか楽しみです♪

この決断の吉凶はいかに?

こんにちは!!

邦宏の意見が無難?かな。
比菜は帰っちゃっても別にいいんだけど、おばちゃんは。
お話的にはまずいですよね?

納得いかないまでもOK出した、大和。

日常生活の中で起こる、ささやかな(でもないか)波乱万丈が増え、楽しみです。
比菜がなんかやらかしてくれそうで・・・


     では、また・・・e-463

邦宏の思い

なかなか人を信用せず
最近では家族とも疎遠になっているような大和・・・

そしてこんな状況の中でも「康弘を信じる」という比菜・・・

思いもかけない比奈の提案に乗ってみることにした邦宏の思いはこんな所にもあるような気がしました。

フリーワークの管理人さん!?
になった比菜と男達のこれからが・・・とっても楽しみです~~♪

同じ屋根の下

邦宏君は基本優しい男なんですね。困った人は見捨てられない。
でも家に帰らなきゃならなくなった大和も困るのでは?

比菜ちゃんと康哉はどうして知り合ったのかしら?
幼馴染でもなさそうだし・・・

同じ屋根の下で暮らすようになった男と女(ちょっと意味が違うか?)この先が思い遣られそうだわ。

れいもんさんは大和だね

れいもんさん、こんばんは!

>比菜も大胆。邦宏も大胆。
 私は大和に近いかな~

人数が多い分、意見や想いもあれこれです。
とりあえず、ここに居候することになった比菜ですが、
彼らとどう関わるのか、楽しみにしてください。

mamanさんは邦宏だね

mamanさん、こんばんは!

>邦宏の意見が無難?かな。
 比菜は帰っちゃっても別にいいんだけど、おばちゃんは。
 お話的にはまずいですよね?

あはは……。帰っちゃったらお話的にダメなのよ。
お願い、受け入れて(笑)

>日常生活の中で起こる、ささやかな(でもないか)
 波乱万丈が増え、楽しみです。

そう、そこらへんにある騒動を、連ねていきますので、
ぜひぜひ、このままおつきあいをお願いします。

それぞれの事情

バウワウさん、こんばんは!

なぜ大和が家族と線を引くのか、比菜が康哉を信じるのか、
何もなさそうな邦宏にも、色々な想いもあり……

なんですよ。

1話ずつ、積み重ねていくうちに、それぞれの心が見えてくると思いますので、
このままお付き合いくださいね。

邦宏の優しさ

yonyonさん、こんばんは!

>邦宏君は基本優しい男なんですね。困った人は見捨てられない。
 でも家に帰らなきゃならなくなった大和も困るのでは?

大和と家族との関係を、邦宏は知っています。
そこら辺もこれからなんですけど(って、いつもだ)
その意味もあり、家に戻そうという意味もあるんですよね。

比菜と康哉についても、これから……。

邦宏と大和

yokanさん、こんばんは!

>邦宏君は理論的?なのかな、冷静かつ沈着。
 大和君は感情で突っ走ってしまうタイプか^m^

あはは……。yokanさん、分析してますね。
まだ、大和も邦宏も、ほんの少ししか見えてないので、
これから色々とありまして、それぞれの性格が見えてきます。

追いかけます^^

もう少し歳を重ねた大人だったら、こんな決定はしないでしょうね。
理性が邪魔をするからね。

人を信じる・・・これが、今後どう展開していくのか楽しみ~^^

比菜の理由

なでしこちゃん、こんばんは
ここから書いてくれてるんだ、大変だぞ……

>もう少し歳を重ねた大人だったら、
 こんな決定はしないでしょうね。

比菜には比菜の、東京へ残りたい! 理由があるんですよ。
康哉のことももちろんなんだけど……で、続く!