1 カムバックの日 【1-3】



「これで少しおとなしくしていなさい、菜生」

「どういう意味よ」

「エ……元々は、菜生の『惚れっぽい』性格がそういう風を呼びこむのよ。
大学時代のバイト先の先輩に、サークル活動で知り合った友達、
それに……あ、そうだ、美容師もいたよね」


理子から出てくる『思い出の相手』。

忘れていたような顔や仕草が、チラチラと蘇ってくる。


「はい、はい、いました、いました。だってさ、素敵だなと思うから、
話がしたいな……となって……」


惚れっぽいのは確かだが、せっかく人として生まれ、生きているのだから、

『恋愛』は楽しくしたいではないか。


「あのさ、惚れっぽいとか言うけれど、
人のことは嫌いになるより、好きになる方が色々とうまく行くと思うのよ」


理子は、『何か食べようかな』とメニューを見始める。


「何それ、人に話を振っておいて」

「ねぇ、半分どう?」

「今3時だよ、お昼、食べていないの?」

「食べたけど……お腹空いたの」


理子は『サンドイッチ』を注文し、半分は菜生の担当だと勝手に決めてしまう。

私は『たまごならいいよ』とそれを引き受けた。


「理子って昔からよく食べるけど、全然太らないよね」

「そうかな」

「そうだよ。食べ放題とか行くとさ、理子の方がお皿積み上げるのに、
ケロッとしていて」


理子は『そうだっけ?』と笑い出す。


「そうだよ、本当に羨ましい」


私は『クリームソーダ』を吸い上げる。


「そうそう、駅に降りたらさ、洋平のお母さんに会ってね、
私がうちの母に話した東京を離れる理由? ほら、東京が忙しすぎてってやつ、
あれがしっかり伝わっていた。体を壊すくらい忙しいのはダメよ……みたいに言われて、
ちょっとくすぐったかったかな」

「まぁ、それはそうだよ、子供の同級生はみんな子供……っていうのが、
ここらへんの親たちだもの」

「うん」

「うちの母なんて、産婦人科だからね。全て取り上げてきたでしょう。
余計にそういう気持ちが強い。菜生も洋平も、それに……ほら、『竜宮城』のボン太も」

「ボン太……うわぁ、その言い方懐かしい。理子、今もそういうの」

「人前では言わないわよ、ボン太だなんて。今じゃ専務らしいし」

「専務……あれあれ、あれが会社の中心じゃ、『竜宮城』もいよいよおしまいか」


『竜宮城』というのは、浦島太郎に出てくるお城のことだが、

私たちはそれをある場所のたとえに昔から使っていた。



『龍海旅館』



この『七海』の街を見下ろせるよな場所に建つ『龍海旅館』が、

話に出ている『竜宮城』のことになる。

観光地だけあって、他にもホテルや旅館は数あるが、建っている場所といい、

大きさといい、『七海』のシンボルとも言える存在だった。

出来たばかりの頃は、和室が7部屋のまさしく旅館で、社員旅行や新婚旅行で賑わった。

そこから敷地の広さもあったため、増設し、

時代に合わせ、和洋室なども出来、部屋数は倍以上になる。

しかし、平成になり『七海』が国内の観光地として人気を下げてからは、

積極的に外国客を引き受ける方向に舵を切り、経営を続けてきた。

私が学生の頃、『駅に行くにはどうするのか』を早口な中国語で聞かれ、

両手を思い切り上にして、『わかりません』と逃げたこともある。

しかし、外人さんを主なターゲットにすると、知らない言葉が飛び交うことになり、

生活習慣なども違うため、

逆にゆっくりしたいと思う日本人からはさらに敬遠されてしまい、

結果として、何でもありのような宿泊施設になってしまった。

この街と同じように『龍海旅館』も迷走した結果、売り上げは落ち、

道路の拡張や、ツーリングの流行などで、

一緒に経営している『海ひびき』というレストランの方が、数年前から人気になる。


『龍海旅館』の一人息子は、私たちよりも年齢が2つ上で、同じ小学校に通っていたが、

やたらに高級そうな洋服を着て学校に来るため、『熊井耕太』という本名と、

お坊ちゃまという『ボンボン』の文字をくっつけ、『ボン太』と呼んでいた。


「私たちよりさ、年齢が2つ上だったよね、ボン太」

「うん、そう……」

「いいところの娘さんでももらった?」


私は『ボン太』の癖であるメガネをあげる仕草を真似して、そう理子に話す。


「あ……そうか、菜生知らないのか。ボン太は『レーシック』で目の治療をして、
メガネはもうかけていないし、強力なライバルが登場していて、
社長の座は危ない状態なの」

「ライバル?」


注文した『サンドイッチ』が届き、私は担当のたまごを持つ。


「どういうことよ。だってボン太って一人息子だよね。妹とかもいないし……。
あ、いや、待って。そうか、ボン太のお父さん、実は外に子供がいたとか?」


はいはい、よくある、よくある。昼ドラみたいな話。

お金が絡むと、人はすぐにドロドロしてしまって。

正妻の子より、だいたい愛人との子の方が優秀であると思うのは、

ドラマの見過ぎだろうか。


「で、相続で揉めた……とか。いや、それとも、授業員のストライキ?」


そうか、そっちもある。

評判が悪くなったりすれば、従業員だって嫌になるだろうし。

いくら社長の息子とはいえ、これではと三行半をつきつけられた。


「そうか、昔からボン太は要領悪かったし。で、すったもんだの末、
経営陣から熊井家が追い出されたとか?」


家族経営の多い旅館業とはいえ、会社にすれば優秀な社員も出てくるだろう。

株などがあれば、乗っ取りとかもあるかもしれない。

なんて言うんだっけ、ほら、『M……』、あっそうだ、『M&A』。


目の前にあるのは、楽しそうに笑う理子の顔。


「あぁ、もう、面白いんだから菜生は。
1つ話題を提供すると、3つくらいにしてくれる」


理子の指が1から3を示す。


「エ……それなら違うの?」

「うん、今まで話していたのは全て違うよ。社長の隠し子はいないし、
従業員のストライキもない。一人の優秀な男性が入ってきた、それが答え」

「優秀な男性」

「そう、今から3年くらい前かな、一時はたくさん来ていた外国客も、
もっと安い場所が出来ると一気に取られてしまって、
経営がずいぶん大変なことになったの。外国モードにしていたから、
多国語が飛び交うところでは休まれないって国内の客から敬遠されて、
その人達は戻ってこないし、こうなったら旅館を手放すか、どうなのかって時があって」

「うん」


3年前か。私の人生で、一番『七海』が関わっていない時間だ。

剛との時間ばかりで、里帰りをしてもすぐに東京に戻ってしまって。

ハッキリ言って、この場所のことなど忘れていた。


「まぁ、観光地もそうだけど、泊まるところも当然『竜宮城』だけではないし」

「確かに」

「そこに、東京で仕事をしていて実力を買われた男性が、『龍海旅館』にやってきて、
経営のスリム化から、広報活動まで一気にメスを入れた。
外国語が飛び交っていたような旅館が、1年でリニューアルして、
今ではインスタ映えだの言われて、一気に客層が変わったのよ」

「メス……」

「そう、バッサリと」


理子は、左手で何かを切るような真似をする。


「ほぉ……」

「そうしたらさ、なんだろうね、おかしなくらい業績が右肩上がりらしい」


理子の左手が、斜め上に向かう。


「右肩上がり……」

「そう。ボン太にとっては、従兄弟だって聞いたよ。
社長の妹、つまりボン太にとっては叔母さんが結婚して、生まれた子供だって」

「ふーん……」


3年間、妻がいることを隠し、

ウソの未来を語っていた男との恋愛に、どっぷりとつかっていたため、

私は『七海』の変化を何も知らなかった。


【1-4】



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