6 うたがいの眼差し

6 うたがいの眼差し


『フリーワーク』の事務所に住むことになった比菜は、リビングの椅子に腰かけ、

康哉のために持ってきたという岡山のお土産を、テーブルに乗せた。


「みなさんで食べて下さい。おいしいんですよ、このうどん」

「うどん? うどんって香川じゃないの?」

「あぁ……そう思うんですね。岡山にもおいしいところがあるんです」


比菜は邦宏が入れたコーヒーを飲み、なんとか居場所を見つけたことにほっと息をついた。

お世話になるのだからと部屋を見回してみたが、ほこりがたまっていることもなく、

また、流しなどが汚れている様子も見られない。

比菜は、男性ばかりが出入りしているという割には、

綺麗に使っているものだと思いながら、また一口飲んだ。


「康哉とは幼なじみとか?」


邦宏は少しずつ比菜から話を聞き出そうと考えた。見た目は真面目そうで、

とても自分たちを騙そうとしているようには見えないが、

何も知らない間柄では、信用することも出来ない。


「いえ、高校の先輩です。その当時はつきあっていたわけではなくて、
康哉が大学を出て、こっちへ一度戻ってきた時から、付き合いが始まりました。
励ましてもらったり、励ましたり……。東京へ行ってからは遠距離になりましたけど」

「そう……、あいつ優しいところがあるもんな」

「はい……」


邦宏は手書きで何やら書き始め、比菜はそれをじっと見た。

『契約書』と書かれた紙には、少し前に口頭で伝えてくれた約束事が、

箇条書きになり並んでいく。


「悪いな、俺、パソコンとか得意じゃないからさ、手書きで済ませちゃうけど、
後からちゃんと大和に打たせて、メンバーには徹底するするようにしておくから」

「すみません、とんでもないわがままを言ってしまって。あの……大丈夫でしょうか、
出て行ってしまったけど」

「大和のこと? あぁ、平気だよ、あいつは難しい性格だけど、
一度理解したらちゃんと協力するからさ。4年もメンバーでいた康哉のことを、
全く信用したくない訳じゃないんだ。ただ、お金を持ち逃げされたことは、事実だから」

「あ、下ろしてきます、銀行、どこにありますか?」

「そんなにすぐ行かなくても」

「でも、今日からここに住むわけですし……、きちんとしておくことはしないと」


比菜は自分がここへ住むのだと言うことを、もう一度強調する。

邦宏は比菜の気持ちもわかる気がして、軽く頷いた。


「駅はわかる?」

「はい、わかります」


邦宏はまた別の紙を1枚破ると、駅から銀行への道を丁寧に描き始めた。

昔からイラストが得意で、道を歩く人の絵を描いたり、

交番で睨みを利かせる警官を描いたりする。比菜はそんな邦宏のイラストを、笑顔で見た。





「ただいま」

「お! ありがとう靖史」

「なぁ、あの人は? どうした?」


仕事を終えた靖史は部屋の中に比菜がいないことにすぐ気づき、心配そうにそうたずねた。

邦宏は靖史が部屋を出て行ってからのことを、順序よく話したが、

それを聞いた靖史は、少し困ったような表情を浮かべる。


「ん? なんだよ、靖史。お前の言うとおり、ちゃんと話を聞いてやったんだぞ。
それとも長瀬さんのことが、何かわかったのか?」

「あの人、長瀬さんって言うんだ……。いや……でも、そうじゃなくて、康哉が……」


そう言いながら、靖史は、笹本イネさんが印を押した書類をデスクの上に置く。

邦宏はその書類に目を通し、ファイルの中に入れた。


「笹本のおばあちゃん、俺が行かなかったから寂しいって言わなかったか?」


イネさんの飼い犬ハヤトは大型の秋田犬だが気が弱く、ネコに睨まれるだけで、

後ずさりするような弱虫だった。散歩の途中で引き返してしまうこともよくあり、

力だけは強く、とても年を取ったイネが連れ出せる犬ではない。

ここ2年ほどは、邦宏達が代わる代わる仕事として引き受け、散歩をこなす。


「いや、ハヤトは靖史君の方が、シッポを大きく振るねって……」

「は? なんだよそれ。全くもう、調子がいいなぁ……」


靖史はリビングの隅に置いてある比菜の荷物を確認し、もう一度ため息をつく。

邦宏は靖史の方を向き、まずは座れと指で合図した。


「なんだよ、それで」

「ハヤトの散歩中にさ、あやめちゃんに会ったんだ。ほら『マリリン』のあやめちゃん」

「お……あやめちゃんってこの辺に住んでるのか?」

「うん、いや、彼氏がどうのって……」


あやめちゃんとは、駅前にあるゲイバーの人気ホステスのことだ。

ホステスと言っても体格のいい男性だが、話がうまく、

邦宏や大和も時々遊びに行っては世間話を聞き、情報を仕入れる。


「康哉がさ、2日前にあやめちゃんの店に顔を出したんだって。で、その時、
ずいぶん酔っていたらしいんだけど、ちょっと旅に出るってそう言ったって」

「旅?」

「あぁ、しかも……」


靖史は言葉を止め、比菜が置いていった荷物をじっと見た。

この荷物を詰めている時は、康哉との新しい生活を夢見て、楽しい気分だったに違いない。


「女と一緒に……」

「女と一緒?」


康哉を信じ、ここで生活を始めようとしている比菜のことを考え、

邦宏と靖史は互いに黙ったまま、荷物の方へ目を向けた。





7 限定住人の一面


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コメント

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今日も?グールグルです

こんにちは!!

康哉、女と旅行って
お姉ちゃんやお母さんじゃないよね。
何やってんだか・・・仲間のお金で。

比菜から逃げてる?
それとも別の理由?

比菜にはもちろん内緒だよね。
2人の話聞いてたりして・・・
そんなわけないか。

     では、また・・・e-454


女と?

ハァ?女と旅に?演歌か?

比菜でないことは確かだから、別の女か・・・
仲間のお金を持ち逃げしてまで一緒にいたい女って。

図体のでかい気弱な秋田犬、何だか可愛いv-286

幼馴染では無かったのね。
『先輩、制服の第二ボタンください』なんてもう言わないのか?今は・・・

女とはいったい

mamanさん、こんばんは!

>康哉、女と旅行って
 お姉ちゃんやお母さんじゃないよね。
 何やってんだか・・・仲間のお金で。

お姉ちゃんやお母さんとの旅行じゃ、話にならないよね(笑)
そうじゃないんですよ。
それについては、また次回に……

グールグルはいつ、整理整頓されるのかなぁ。

康哉の理由

yokanさん、こっちにもこんばんは!

>康哉く~ん、何考えてるんですか~!
 こりゃ~、比菜ちゃんが知ったら大変なことになるね(ーー;)
 でも、康哉君にも何かわけがあるのかな~・・・

突然逃げてしまった男ですからね、どんな理由があるのかは、
後々わかってきます。
でも、比菜が知ってしまったら、確かに……

康哉、流れ旅

yonyonさん、こんばんは!

>ハァ?女と旅に?演歌か?

あはは……演歌ねぇ、確かに(笑)

>幼馴染では無かったのね。

はい、そうです。
徐々にわかってきますので(って、どれくらいかかるんだ?)

秋田犬・・・

おいおい康哉君
旅に出るって・・しかも女と!いったいどうなってるの?

康哉の行方も気になるんだけど
ごめんなさい
今回はイネさんちの秋田犬に気が行っちゃって^^;

実は我が家で飼ってる
綺麗なお姉さん大好きなへタレの大型犬って言うのが秋田犬です♪

図体ばっかり大きいわりに
気が弱いところがそっくりで
うちの犬も体の大きな猫に会うと
見なかったことにして目を逸らすように
通り過ぎてます^^





もしかして、だからバウワウなの?

バウワウさん、こんばんは!

>ごめんなさい
 今回はイネさんちの秋田犬に気が行っちゃって^^;

全然、問題ないですよ。
大きな秋田犬の、しかも弱虫(笑)
あぁ、会ってみたいです!

大きな犬って、気持ちが優しいんですよね。
ハヤトはこれからまだ、出てきます。
バウワウさんのおうちのワンちゃんに、重なるところはあるかしら。

ぜひぜひ、観察してみて!

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新キャラ登場?

比菜が裏切られたかも知れない展開なのに、「あやめちゃん」の登場に心奪われてます^^;
面白いキャラだね、ゲイバーのホステスさんなのね。

さて、康哉の逃げた真意はいかに・・・

(で、康哉って、なんて読むの?)

こんな人、いそうでしょ?

なでしこちゃん、どうも

>比菜が裏切られたかも知れない展開なのに、
 「あやめちゃん」の登場に心奪われてます^^;
 面白いキャラだね、ゲイバーのホステスさんなのね。

こういう職業の方達って、色々と情報を知っていそうでしょ? 
まぁ、物語の核を締めているわけではないので、
適当に憶えておいて。

えっと康哉は(こうや)と読みます。