2 時の流れを感じる日 【2-1】

2 時の流れを感じる日



鬼ちゃんの、見るからに力を入れているとわかる手の形。

そんな仕事の状態に緊張感があるため、こういう時には言葉が止まってしまう。

邪魔をしたくない、そんな気がして。

和室が減ったからこそ、アイデアを使わないと伝統の技術も残っていかれない。

それでなくても機械化が進み、多くの和食レストランなどの畳は、

い草ではないプラスチック加工された素材を使っている。

汚れても、すぐに拭き取れるし、シミになることも少ないから。

同じタイミングで、音が続く。

鬼ちゃんなら、もうすっかり1人前で、お店を持つくらいの腕もあるが、

独立はしたくないらしく、この生活がずっと続いている。

たまに会うのではなく、奥さんと一緒に暮らしたいとか思わないのかな。

あまりプライベートなことは語らない人だから、

聞く前に自分が東京に出てしまい、それからはそのままで。

でも、一人っ子の私にとって、頼りがいのある兄のような背中は、ここに健在。


「……よし」


鬼ちゃんはハサミを使い、しっかりと糸を止めた。


「どうした、急に静かだな菜生」

「エ……あ、うん。作業中にベラベラ話すのはどうかなと思って」

「お前の話くらいで、集中力が途切れるようなことはないから、心配するな」

「それはそうでしょうけれど」


鬼ちゃんは、私が持っている座布団の試作品は、『龍海旅館』からの注文だと、

教えてくれる。


「エ……ボン太の?」

「あぁ……」


ボン太で通じる鬼ちゃん。


「縁なしの琉球畳を組み合わせて、宴会場に敷き詰めたり、
アイデアを出してくるから、社長も色々と話をしてね……」

「へぇ……アイデアね、ボン太、頑張っているんだ」

「いや、ボン太じゃなくて、椋さんの方」


椋さん……『目の保養』のことだ。


「あ、そうそう、ねぇ、その人さぁ……」


『目の保養』について、あらたな情報を得るチャンスが巡ってきた。


「ボン太の従兄弟なのでしょう。ボン太とは似ても似つかない。さっき駅で見たの。
東京でモデルでもしている人かと思って、振り返って見ちゃったわよ、私」

「また、ポーッとしたのか菜生」


鬼ちゃんの笑った顔。

惚れっぽい性格は、ここでも有名。


「別に、してませんけど」


洋平のお母さんが出てきたから、見続けるのは無理だったと……当然言わないけれど。


「そうですかね」

「はい、これ、ここに置きます。お仕事お邪魔しました」


私は座布団の試作を台に戻し、工場を出て行くことにする。

鬼ちゃんめ、普段、口数はそれほど多くないくせに、

『言って欲しくないことを言う』その悪い癖は、全然変わっていなかった。



「ただいま……」

「あぁ、菜生」


あらためて母屋に帰宅。台所から聞こえてきたのは、母、春美の声。


「ねぇ、お母さん、東京から荷物届いたでしょう」

「うん、言われた通り、部屋に全部入れてもらったよ」

「ありがとう」


東京では、家具をレンタルする企業があって、私は1年前からそれを利用していた。

東京に出た当初は、当然、自分の電化製品、家具を買っていたが、

引っ越しをすると、階段の狭さなどで入らなかったり、

壁紙の色でイメージが変わり、合わないなと思うことが結構あった。

そんなことを話すと、『レンタル』があると、職場の仲間が教えてくれて、

3年付き合っていた男に、『結婚』らしき未来をほのめかされていたから、

先走って『ミニ断捨離』をしていたつもりで借りていた。

新婚生活には、素敵な新しい家具を買おう……なんて。

そのため、こっちに戻ってくるからといって、大きな荷物は何もなく、

届いたのは、ダンボールが10個。

階段をのぼり、部屋に入る。

自分で書いた番号、確かに1から10までが揃っていた。

まずは1を開ける。『窮屈な思いをさせてごめんね』と謝りながら。


「あぁ……もう、よくみんな耐えたよ」


そう、私の荷物の3分の1が、『クレーンゲーム』で取りまくったぬいぐるみ達。

仕事で失敗すると、また成功すると、とにかく何かがあれば、いや、なくても、

私の気分転換がこれ。


「数日ぶりだね……」


その中でも、肌触りがお気に入りの『くまのぬいぐるみ』。

名前は『サンサン』。

名前の由来は、3300円をゲットするまでにつぎ込んだことから来ている。

サンサンは、身長が30センチくらいで、とにかく肌触りが売り。


「あぁ……そうそう、この肌触り、癒やされるよ」


私の頬に触れる『サンサン』の毛。チクチクするわけでもなく、くすぐったくもなく、

なんだろう高級な化粧筆が触れているような優しさ。

確かに数回洗っても、その『心地』は変わっていない。

もちろん、乱暴に洗濯機に放り込むことなどせず、お出かけ着を洗う洗剤で洗っている。

このまま、眠りに落ちたい気分。


そう、気分的にはそうなのだが。


「さて……」


私は起き上がり、まず『サンサン』を置く場所をキープした。

さらに付属品とも言えるような、ミニサイズの『ミニサン』が数匹、

ダンボールに入っているため、彼らの居場所を部屋の中に確保する。

この『サンサン』は『クレーンゲーム』好きの私にとっても、

1軍中の1軍なのだけれど……



『1メートル50センチサイズ』



そう『サンサン』のシリーズには、この上のサイズがあるのだ。

150センチの『ビックサンサン』は、

抽選引き換え券がつく『レインボーの小さなくま』を獲り、さらに応募、

そして抽選に当たらないともらえないという、貴重に貴重を重ねた景品だった。

それでも、『サンサン』の5倍ある本体をどうしても得たくて、まずは抽選券と思い、

私は何度も『レインボーの小さなくま』にトライをしたが、

おしいと思えるようなこともないし、ゲームセンターのお兄さんと、

『たまごの安売りの店はあそこだよね』と、個人的に話せる関係になっても、

手に入ることがなかった。

そして時期が終わり、景品だった彼らは撤去され、二度と私の前に戻ってこなくなる。


『買いませんか、売りませんか』


今は、ネットでいらなくなったものを売り買いするアプリもあるため、

『サンサン』の大型、『ビッグサンサン』が出ていないかと、

必死に見続けていたこともあったが、

実は後から、この商品は企業の『創立30周年記念』に出されたもので、

日本に30体しかいないことを知る。

そのため、オークションに出されていた『ビッグサンサン』は、

価値に欲望という色々なものがくっつけられ、

10万という『何様なのさ』の値段をつけていた。

さすがに、それを買い取る思い切りはなく、私の『ビッグサンサン』ゲット計画は、

終焉を迎える。


「サンサン……都心の汚れた空気から、七海の潮の香りを思い切り吸っておくれ」


私はそういって30センチのサンサンを台に乗せると、

2つめのダンボールを開けることにした。


【2-2】



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