2 時の流れを感じる日 【2-2】



「いただきます」

「おぉ、しっかり食べなさい」


作ったのは100%母だが、父の口癖は相変わらずのようだ。

私は久しぶりの母の夕食を、味わうことになる。


「菜生から荷物が届くと聞いていたでしょう。
何しろ8年分だし、お父さんと入らなかったらどうしようかと相談していたのに、
あまりの少なさで口がポカンと開いたわよ」


母は、私の前で、ポカンと口をあけてみせる。


「だから言ったでしょう。家具や電化製品はレンタルしていたの。今じゃね、
備え付けの物件も、結構あるのよ」


亡くなったおばあちゃんから受け継いだ、母のたくあん。

この甘みが、私の好み。


「家具なんて、いくらで借りるんだ」

「そうだな……」


私は自分が借りていた金額を、父と母に話す。

鬼ちゃんは工場から通える距離にアパートを借りているが、

食事は3食我が家で食べるため、一緒にいる。

しかし、こういった家族の会話の時には、聞き役に徹し、あまり口は挟まない。


「買った方が安くないか」

「だからね、それはそうだけれど、東京だと物件によっては、
前に使っていた家具が入らないとか、寸法が合わないとか、そういうことがあるのよ。
壁の色も違えば、置きたい色も変わるし……」


『七海』ではCDやビデオのレンタルはあるだろうが、家具などとてもないと思い、

東京暮らしをアピールする。


「でも、ほら、食器とかそういうものも……」

「全部リサイクルショップに持ち込んだ。
ダメと言われたものは、全部地域のゴミの日に、しっかり捨てましたから」


『不法投棄』のようなことは、一切していない。

そういうところはマメなのだ。


「東京は、何でも借りられるよ。服だってバックだって、あ、そうそう、ペットも」

「あらやだ、ペットも?」

「いや、彼氏も借りられる」


『レンタル彼氏』というホームページをそういえば見たことがあった。

一緒に食事をしたり、映画を見たりする相手を、時間で用意するという……



……借りたことはないけれど。



「何? 人身売買に近いな、それは」

「本気で言ってる? 違うけど」


父は『わかってるよ』と笑って言いながら、ビールを飲んだ。


「ねぇ、仕事は考えているの? 菜生」

「うーん……」


そう、『仕事』。

東京の大学を出たとはいえ、特別な資格もない26歳の女。

東京に住み、東京を見ながら自立した生活を送り、

東京の男と結婚し、東京に住む予定だった。

さらに、『七海』に戻ってきた今でも、

いつかまたチャンスがあれば東京に戻ろうかと、実際、諦めていない部分もあるため、

それほど真剣には考えていない。『決めなくては』と声に出すものの……

『とりあえず』という5文字が、どっしり頭に張り付いていて。


「お父さん。『からくり博物館』の受付はどうかしら」

「エ……ちょっとまって、あそこまだあるの?」


『からくり博物館』というのは、『七海』の仙人と私や理子が呼ぶおじいさん。

『加藤宗助』さんの個人的趣味であつめた、びっくり箱とか、飛び出す絵本とか、

つまり、何かしらの仕掛けがあるものを集めた、小さな、小さな博物館のことだ。

『七海』が新婚旅行のメッカなどともてはやされた頃には、

二人で来た思い出に、なんでもいいから覗いておこうという観光客もいただろうが、

今ではそんなものに気づく人など、いないはず。


「あるぞ、宗助さんがいつもこっくりこっくり寝てるわ」


父は宗助さんの寝ているものまねをしながら、楽しそうに笑う。


「そんなところに、受付いらないでしょう」

「いや、だって、宗助さんが病院に通うことも多いからって……ねぇ」

「おぉ……」

「隣の藤波さんが、鍵を持っているそうです。宗助さんが留守の時。
で、誰かが見たいと言うときには、開けているって……」

「あら、そう」

「おぉ、そうか。隣の金物屋の……」


『からくり博物館』と『街の小さな金物屋』か。

なんだかどっちも暇そう。


「理子ちゃんのところで雑用っていうのもねぇ」

「まぁ、頼めば置いてくれるかもしれないが……」

「ちょっと待ってよ」


さっきから、うちの両親の職業選択感覚が全く理解出来ない。

これでも一応、東京で8年間働いてきたのだ。

真面目に勤務し、営業事務として細かい仕事を頑張ったと、

なぜか『QUOカード』をいただいたこともある。


「話したよね。あまりにも忙しかった東京の生活に少し疲れたって。
だから、ゆっくり考えるから」


私はそういうと、チラッと鬼ちゃんを見る。



『何言っているんだよ、お前が戻ってきたのは失恋だろう』



なんて、私を窮地に追い込むような台詞を、こういうときに絶対言わないのが、

鬼ちゃんこと、鬼澤巧。空気を読む力、これはしっかりと持っている。


「そうね、それなら少しゆっくり探しなさい」

「うん」


私は煮物を箸でつかみ、それを口に入れる。

久しぶりの故郷の夜は、父のいびきはこんなにうるさかったのかと再確認する、

そんな夜だった。


【2-3】



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