2 時の流れを感じる日 【2-3】



『七海の朝』


「あぁ……よく寝た」


海からの朝日は、眩しいくらいにキラキラしていて……って


「エ……10時?」


私は、時計の間違いではないかと思い、そのまま階段を駆け下りた。

1階に到着し、工場から聞こえる音に『これが現実だ』と再確認する。

父と鬼ちゃんはすでに仕事を開始していて、

食卓には、ラップされた私の分の朝食が、ちょこんと残っている。


「お母さん、ねぇ……」

「何、どうしたの」

「どうしたの……ではないでしょう、起こしてよ」

「エ……だって、疲れたのかと思ったのよ」


突然東京から戻り、あまりにも寝ている娘に、何かが起きたかもしれないと、

心配する気持ちにはならないのかと言おうとした瞬間、

『よろしくお願いします』という挨拶が工場から聞こえたため、

誰なのか確認するため、居間とのしきりになる扉の、ガラス部分から見てみた。


「あ……」



『目の保養』



昨日駅で見たあの人だ。

いや、もう名前もわかったのだから『芹沢椋』さんと呼ばないと。

何よ、今日はパーカーにジーンズ姿。

グレーのパーカーも、それからジーンズもどこだって売っているけれど、

そう見えないのは彼の実力。

『さりげなく格好がいい』というのは、『パーフェクト』という言葉に近い。


「菜生、どこにいくの、パジャマで……」




そうだ、私、パジャマだ。




偶然のふりをして、工場に出て行って、挨拶でもと思ったけれど、

さすがにパジャマは……


「ねぇ、今の人」

「今の人?」


26歳になっている娘が、10時まで寝ていてパジャマ姿であることに、

おかしな感覚を持たない母が、ご丁寧に茶碗にご飯をよそってくれている。


「はい、どうぞ……」

「あ、どうも」


私はとりあえず座り、残された朝食を、証拠隠滅する。


「今、工場に人が来ていたでしょう、声がした」

「あぁ……芹沢さんのこと?」

「そう、そう……どうしてうちに」

「どうしてって、何か用事があるからでしょう」



だからそれを聞いているのですが。



「あ……そうだ、鬼ちゃんと時々ウォーキングするみたいよ、朝。海辺を」

「ウォーキング?」


『七海』というくらいなので、当然海が近い。

犬を散歩したり、ウォーキングしたりする人も確かに昔からいたけれど。


「ウォーキングかぁ……でも、もう10時でしょう。それにしては、遅くない?」



この時間に起きたお前が言うな……と言われそうだが。



「そういえばそうね。芹沢さんも寝坊したのかしら」


ケラケラと楽しそうに笑う母と話をしても、おそらくこれ以上の情報は確保出来ない。

私は朝食を済ませ、着替えて身支度を整え、何も知らない顔をして工場を覗いた。

ラジオをそばに置き、注文伝票をめくるために、何度も指をなめる父が一人。


「あれ? 鬼ちゃんは?」

「表替えを頼まれた家に向かったぞ。あ、ほら、常松のおばあちゃんが売った土地に、
3軒家が建っただろう、5年くらい前かな。そのうちの1軒が……」

「あ、いい、別にそれはどうでもいい」


鬼ちゃんが仕事を頼まれた家が知りたいわけではない。

しまった、少し遅かった。

そうだ、午前中はだいたい鬼ちゃんは車だ。古くなった畳を運んだり、

注文を受けた場所に見積もりをしに行ったり。

たくわんを、のんびり噛んでいる場合ではなかったのだ。

どうする? 父にも聞いてみるか?


「なんだ、菜生。鬼ちゃんに話か」

「ううん……いい。ちょっと出てくる」


今までの人生で、母や鬼ちゃんより父の方が頼りになったことがあっただろうか。




私の記憶の中では1度もない。




靴を履き、自転車にまたがると、とりあえず街を走ることにした。





駅から少し歩いたところに、

小さなヘリコプターの模型が飾ってある『プロペラ』があって、

観光客がお土産を買う商店街の途中に、昨日、話題に出た『からくり博物館』がある。

宗助さんが病院の時には、留守番を頼まれる金物屋さんが隣にあって、

その隣には小さなゲームセンター。

中にはガムテープで補修されたゲームの機械や、

お菓子が商品になる『クレーンゲーム』が置いてある。

その商店街の一番端。いい場所で商売を続けているのが、『伊東商店』

そう、同級生である洋平の家。

そこで大通りにぶつかり、海に向かう道と、

『竜宮城』と呼ばれる『龍海旅館』を目指せる少しなだらかな坂道が現れ、

坂道の方を150メートル走ったところにあるのが、

理子の家、『関口内科、産婦人科』となる。


私たちが幼い頃は、小学校のクラスの半分が、

理子のお母さんの手で取り上げられていて、小さな足形もたくさんあったが、

海と商店街の間にある道が拡張され、走りやすくなってからは、

30分くらい行った場所に『高瀬病院』が出来たため、

関口家の世話になる妊婦さんは、ずいぶん減った。

それでも、子供が生まれた時からつながりのある母親達は、

娘が結婚したが子供が出来ないと悩み、理子のお母さん、多恵子先生に相談するとか、

病院を紹介してもらうとか、それなりの付き合いを続けていた。


「いいねぇ、快適だよ、電動自転車は」


それほどの坂ではないので、電動なら余裕であがっていける。

駅よりも、私の実家よりも、さらに景色のいい場所に建つ『龍海旅館』の横で、

一度大きく深呼吸をした。


【2-4】



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