5 告白の日 【5-1】

5 告白の日



『菜生、笑っていて』



そう語りかけてくれていると思えるぬいぐるみたちは、ほとんどが笑顔のもの。

これだけ並んでいると、少しくらいのトラブルなど、いつも流すことが出来た。

誰にも見せたくない泣き顔も、黙って受け止めてくれて……



『まぁ、色々あるだろうけれどさ、とにかく謝っておこうよ。
頭を下げておけば、それで終わるし』



こちらの責任ではないのに、直属の上司に押しつけられたような謝罪。

私を含めた数名の社員が、取引先の大勢いる社員の前で、深々と頭を下げさせられた。

一体、誰のミスを謝罪しているのかわからないまま。



『こういった方法はどうでしょうか』



会社に入り仕事をしながら、考えたり思いついたこともあって、

改善して欲しいところを上司に話してみた。

『よく気づいたね』くらい言われるかと思っていたのに、あまりいい顔はされなくて。



『あぁいう上司がいるから、働きづらいのよね』

『そうそう、思い切って言ってやろうかと思う時ある』

『あぁ、あるある』



一緒に働く女子社員達も、ランチタイムなどには上司や先輩の悪口を言ったり、

改良点はこういうところにあると、積極的な意見まで飛び出てくるのに……



『いいよ、坪倉さん、知らない振りをしておこう』

『別に、会社の10年後まで考えなくてもいいでしょう』



いざ話をしようかという段階になると、みな黙ってしまった。

最初から定年まで働く気持ちなどなく、会社の未来にも実際には興味が無い。

自分はどこかでいなくなる。そう思う人達は、『今』にこだわった。



『これ……誰が書き直した』

『はい』

『坪倉か……余計なことをするな。君にこれを頼んだ覚えはない』



手を挙げた瞬間、『またお前か』というような表情。

『頼まれていないことなど、お前はやらなくていい』という本音。

開かれた職場、ディスカッションの重要性など、並べられた言葉は、ウソばかり。

面倒なことは抱えたくない、知りたくないということなかれ主義。

営業所を数年で異動することが多い立場の人間は、特にその思いが強くて。



悔しくて泣きたくなるような夜も、疲れてイライラするような夜も、

私はいつも、ぬいぐるみ達、みんなの笑顔に救われてきた。

『大丈夫、また明日は来るからね』と、励ましてもらった。



『クレーンゲーム』はまず、お気に入りを見つけるという楽しみ、

そして、取れるのか取れないのかと考える楽しみ、

さらにこうして、『わかり合うこと』の楽しみが詰まっている。


「よし、頑張ろう」


並んでいるぬいぐるみたちを、気持ち程度に整える。

そう、椋さんに私が頼られたと言うことは、大きな進歩。

『坪倉畳店』だけではない、何かが二人の間に生まれるはず。



何かが……



その日は、小学校の遠足を待つ子供かと思うくらい純粋にドキドキして、

なかなか眠れなかった。さらにいつもより早く起きてしまったが、

気分は晴れ晴れだった。





電動自転車にまたがり、11時より少し早く着くように『龍海旅館』を目指す。

何が起こるのかわからないけれど、東京の青山通りで見つけて、気に入った服を、

今日はあえて着てみた。

私と椋さんの『1ページ』目の日。


「よし……」


事務所の扉を叩き、『坪倉菜生と申します』と話す。

何やら書類を書いていた事務の女性が、すぐに反応してくれた。


「あ、はい……どうぞこちらに」

「はい」


あれ? 今回はパーテーションの場所ではないのかな。


「芹沢から、坪倉さんが見えたら、企画室にと言われているものですから」

「……はい」


企画室。

そうか、名刺にもそんな仕事が書かれていたような。

つまり、椋さんの職場の中と言うことね。

私は、歩きながら左右に視線を動かしていく。

どこからも見える、『七海』の景色。オープンで明るいフロント部分。

『龍海旅館』が確かに変わったことを、あらためて実感した。


「こんにちは……」

「あ……こんにちは」


制服姿の別の女性とすれ違い、挨拶をされた。

慌てて返したけれど、大丈夫だったかな。


「ここです」


指の先を見ると、確かに『企画室』と書いてある。

以前勤めていた会社にもあったな企画室。

ガラス張りで、楕円形の会議テーブルがあって。


「どうぞ……」


扉が開くと、そこには4人座ればギューギューと言えるくらいの応接セットがあり、

さらに大きめの机、そして椅子があった。

左側の奥にはパーテーション、なんとなく置かれているような荷物。

そして誰もいない部屋。


「ここでお待ちください。芹沢が来ますので」

「はい」


ここに椋さんが来るということは、この部屋で二人だけになるということで。

足を伸ばしたら、触れ合いそうな距離で向かい合う応接セット。

なんだろう、どうして事務室ではないの?

他の人がいると、まずいのだろうか。



二人っきりになりたいから……なの?



私は……いいけど。


【5-2】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント