5 告白の日 【5-3】



「すみません、本当に急なことで」

「いえ、少し驚きましたけれど、『七海』は私にとっての原点ですから、
ここを盛り上げていこうとしてくれるのは、嬉しいです」


私は、台詞の用紙を受け取り、明日の本番まで練習することになる。


「でも、今まで生きてきて、声がいいと褒められたことはなかったので、
今でも私でいいのかなと……」

「あ、そうですか。いや、デモで送られてきた人達の声を聴いている時、
綺麗だけれど、整いすぎている気がして。誰か他にと思っていたら、
ふっと菜生さんの声が浮かんで……。そうだ、こっちだなと。
サラサラっと流れてしまう声より、絶対にいいです」


椋さんは、声が素敵なのは羨ましいですと笑う。


「椋さんも……あ……すみません、私」


椋さんって、本人を前に言ってしまった。

いや、ここならいけるかもと思い、言ってみた。


「あ、いいですよ、別に。椋さんで大丈夫です」


よし、椋さんと呼ぶことを許された。

ここからは菜生さんと椋さんが正式に採用。すごく距離が近くなった気分。


「素敵ですよ、声。私、すぐにそう思いましたから」

「いや、そうかな……試しにビデオで撮って聞こえた声に、ゾッとしましたけどね」


椋さんは納得がいかないのか、首を傾げてしまう。

クスッと笑いたくなるような、小さな話を入れてくるところも、なかなか。


「自分たちで出来ることは、自分たちでやろうかと思いまして。
だからこそ、本当の意味でプロに頼むところはケチらずに、
鬼澤さんや他のお店の方に協力していただくので」


椋さんは、地元とのコラボをこれからも大切にしていきたいと話す。


「そういえば『ドラゴンビール』、同級生の店で見ました」

「同級生……あぁ、『伊東商店』ですよね。あ、洋平君と同級生ですか」

「はい。こんなに小さい頃からずっと、知っています」


文句を言ったり、言われたり、笑ったり泣いたり、

ずっと同じ海を見ながら、山に続く坂を走りながら大きくなってきた。


「彼はすごく優秀です。お酒のこともよく知っているし、地元の付き合いもあるから、
人も紹介してもらって。僕も勉強になるので、時々お店で雑談しています」

「そうですか」


話が落ち着いてきたからなのか、周りを見る余裕が生まれ、

またあのぬいぐるみっぽい足の存在が気になってきた。

ここは企画室だと聞いたけれど、椋さんだけの場所と言うことではないのかな。

もしかしたら、イベントを盛り上げるような着ぐるみとか……

今なら、話題にすれば答えてもらえるのかも。


「洋平君から、アイデアに詰まるときには、海辺を歩くといいと聞いて、
それから時々、ウォーキングをするように」

「あ……そうですか」

「鬼澤さんに会ったり、他にも犬の散歩で『プロペラ』のご主人にお会いしたり。
色々と出会いがあると、楽しいものですよ。それまではこの部屋で一人、
じっと壁を見たりしてましたから」


『この部屋』という単語を聞き逃さず、

私は、『ここは椋さんの部屋なのですか』と聞いてみた。


「あ、そうですね、一応、事務所にもデスクがありますが、ここが一番落ち着くので、
一応キープしています。今日も、声を出してもらおうと思ったので、
人が動く音とか、声がしない方がいいなと思ってここに」

「あ……はい」


個人部屋か。

となると、ますますあの『茶色のもの』がおかしな気がする。

でもな、『ビッグサンサン』だとしたら、日本に30体しかいないものだよ、

それがここにあると思う?


「菜生さん、もう少しお時間、ありますか」

「はい」

「それなら、一度『龍海旅館』の中をしっかりと見てください。
その方が、台詞にさらなる説得力が生まれると思うので」

「……はい」



『わかりました。でもその前に一つだけ質問があります。あれ、なんですか?』



喉から出そうになる台詞を、

私は脳からの『緊急停止要請』により、必死に押し込めた。

菜生、今は待て。

そう、人には表と裏があるでしょう。

人に見せる部分と、見せたくない部分。

もし、椋さんにとって、あれが『触れられたくないもの』だったとしたら、

こうして近づけている距離が、一気に遠くなるかもしれない。

焦るな菜生、せっかくいただいた仕事がキャンセルになったらどうする。

マイナスを背負ってまで、今聞くことではないぞ。

ここは感情のまま突っ走るべきではないはず。

ソファーから立ち上がり、大げさなくらい大回りをして部屋を出ようとしたが、

パーテーションの向こう側は見えず、新しい情報は得られなかった。



「棟が2つにわかれているので、1階にはベッド付きの和室と和洋室、
2階に普通の和室とわけてあります」

「ベッド付き」


『龍海旅館』、私たちが小さい頃は全て和室だった気がするけれど。


「実は……」


一時期、外国の観光客をメインにしたため、

椋さんは、和の中にもベッドをつけるというスタイルが増えたと話してくれる。


「一時より外国のお客様は減りましたが、ご年配の方で足がよくないから、
ベッドがいいという方も結構いらっしゃいますし。布団を敷くことも、
旅館では当たり前のサービスですが、
今は、仲居があまり入らない方がいいというご希望のお客様も増えていまして」


そうか、希望は確かに色々あるだろうな。

家族連れなのか、カップルなのか、それにナイショの二人だったりね。

『龍海旅館』の2つの棟では、それぞれ海にまつわる名前と、

緑にまつわる名前がつけられている。それはここ『七海』が、

海と山、どちらにも恩恵を受けていることから来ていて。


「ここから向こうが『海ひびき』です。食事だけの方は正面から、
宿泊客が入る時には、こちら側から入れます」


展望レストランである『海ひびき』の窓、上から下までがっちりと強化ガラス。

高台にあるという立地を生かし、海までの道や海、さらに続く水平線と、

平行に走る電車の線路が、木々の間から見えてくる。

夏の花火大会の時は、いつも満員御礼だと聞いているし。


「ここから景色を見るのは、私も初めてです。
『海ひびき』では、何度か食事をしたことがありますが、
その頃はまだ窓ガラスはこんなに大きくなくて」

「はい」

「これだけ窓が大きくなると、色々なものが全部入りますね。
まるで絵を見ているみたい」


そう、本当にそう思った。

『七海』が『七海』である理由のようなものが、全てここから見られるなんて。


「絵……ですか」

「あ……すみません、勝手に」

「いえ、嬉しいです。ここを以前よりも大きな窓にしたのは、
とにかく景色を見て欲しいからなので」


椋さんはそういうと、さらに1歩前に出た。


「とはいえ、ここよりも景色がいい場所は、日本にたくさんあります。
宿泊施設として豪華な場所もあると思いますし。でも、東京からの距離、
そして海と山、両方が味わえる立地、そして地元の食材、
さらに理解、こういったものが全てマッチ出来る場所は、
日本国内でも、それほど多くないと思うので……」


椋さんの言葉が、スーッと頭に入る気がして私は頷いた。


【5-4】



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