6 思いに向かう日 【6-2】



鬼ちゃんは工場に戻っていて、母は洗濯物を取り入れようとカゴを持ち、

私と入れ替わり、階段を上がろうとする。


「お母さん、ねぇ、ちょっと待って」

「何……」

「私、決めた」

「決めた?」

「うん」

「何を……」

「私、『TATUUMIグループ』で働く!」


洗濯物を入れるカゴを持ったままの母に、私はそう宣言した。





機械が動く工場、寸法を測る鬼ちゃん。

その前で、い草の切れ端などをホウキで掃く私。


「お母さんの態度、あれ、どう思う?」

「どう思うって、突然叫ぶ菜生の方がおかしいぞ」

「そうかな。仕事はどうなのって心配してくれていたから、報告したのに」


私が『TATUUMIグループ』で働きたいと話すと、母は『そうなの』と返事をし、

洗濯物を取り込むために、階段を上がってしまった。

もっとこう、どうしてそう考えたのかなど、質問が飛ぶのかと思っていたのに、

何も帰ってこないため、不満な私は、工場に入り鬼ちゃんにあらためて宣言する。


「で、採用されそうなのか」

「それはわからない。こっちに戻ってきた時に、ちょうど採用面接していたの。
全然、その気もなかったから、そうなのか……くらいにしか思わなかった」

「ふーん……」


ちりとりにゴミをまとめ、ゴミ箱に入れる。


「菜生、お前も26だからさ、まさかと思って言うけれど、
椋さんに近づきたいという理由だけで、宣言していないよな」


私が椋さんに興味を持っていることを、知っている鬼ちゃんの台詞。


「……だけ……ではない」

「あるということか」

「ないとは言わない」


どうせ繕ったって、わかるでしょう。こういうときは素直に発言する。

鬼ちゃんの顔、怒られるのか? 私。


「あはは……」


鬼ちゃんは『菜生らしいな』と笑いながら、機械のボタンを押す。


「いや、でも、本当にそれだけではないよ。今日ね、録音の後、椋さんが言ったの。
これからだって」

「うん」

「自分だけでは限界がある、
中も外も知っているような人が、一緒に仕事をして欲しいってそう言った時、
絶対に目があった」


私は自分の指で、両方の目を軽くあかんべ状態にする。


「目が合ったのよ、目が」


その瞬間、頭の中で何かが動き出したのだと説明をする。


「椋さんが……」

「そう。自分が小さい頃、よく『龍海旅館』に遊びに来ていたこととか、
ボン太が本当はすごく旅館を思っていることとか、自ら語ってくれて、
それでこの台詞だよ、私が就職を探していることも知っているし、
東京から戻ってきたことも椋さんは知っているでしょう、ここは……と」

「ほぉ……まぁ、それは確かにな」


鬼ちゃんは、伝票に印をつけると、作業台の上に置く。

付箋が数枚貼られていたため、私はカレンダーを見た。

鬼ちゃんが休みという印。


「あ、この週末、名古屋に帰るの?」

「ん?」

「エ……だって、ほら」


私はカレンダーの印を指さした。

そう、鬼ちゃんは昔から毎月どこかの週末は数日、『名古屋』に戻っていた。

遠距離結婚の奥さんと過ごす、貴重な時間。


「あぁ……えっと……」

「あ……そうだ、私さぁ、鬼ちゃんに教えたいと思っていたお店があるの。
ねぇ、知っている?」


私は携帯を取り出し、ある『フレンチレストラン』のホームページを開ける。


鬼ちゃんが奥さんのところに帰るタイミングで、絶対に紹介したいと思っていたお店。

若手のシェフが切り盛りしているが、味が美味しい割に値段はリーズナブル。

ワインの選び方もうまくて、特に最後のスイーツは、思い出に残せるくらい、

美味しくて、斬新なものになっている。


「ここ、ここなの。ホテルの中のお店だよ。
それがね、本店が名古屋だと言うことを知って、これは鬼ちゃんに言わないとと思って。
美味しいからさ行っておいでよ。鬼ちゃんはたまに帰って、
奥さんに美味しいものを作ってもらいたいだろうけれど、
奥さんは逆にさ、たまには二人で、おしゃれなところに行きたいなと思うはず」


携帯の画面は、店の入り口と、簡単な地図。


「フレンチか……」

「そう。でもね、全然堅苦しくないよ」

「菜生、行ったのか」

「行った、東京の目黒にあるお店だけど。とっても美味しくて、これはぜひ……と思って」


鬼ちゃんは私の携帯を持つと、しばらくお店の画像を見続ける。


「鬼ちゃんだって携帯があるでしょう。名前だけチェックすれば探せるよ」

「……そうだな、見てみるよ」

「うん」


私は携帯を返してもらい、お店の画像を閉じる。

『七海』に戻ってきた日、駅で偶然見かけた椋さんの写真を呼び出した。

駅の看板を見ているところ。少しぼやけているのは慌てていたから仕方が無い。

今考えてみると、あの駅の壁には、商店街のお店や『龍海旅館』のポスター。

それに観光の紹介など、情報がたくさんあった。

こうして椋さんを知っていくと、きっと仕事のために見ていたのだろうと

思えてくる。


「とにかく、明日、『龍海旅館』に連絡をしてみる」

「そうか……」

「うん」


私は『ご飯、出来たら呼ぶね』と言い残し、工場を出る。

鬼ちゃんがまた機械を動かしたため、ガチャン、ガチャンと規則的な音がし始めた。


【6-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント