6 思いに向かう日 【6-3】



以前、いただいた椋さんの名刺。

採用面接は終了しているのかもしれないが、

そこをなんとかお願いしたいと頼むつもりで、番号を打ち込む。

数回、呼び出し音がなり、受話器が上がる。


『はい、『TATUUMI』でございます』


以前入った事務所だろうか、女性の声。


「すみません、お忙しいところを。私、坪倉菜生と申します。
総合企画部の芹沢さんは、いらっしゃいますか」


椋さんの状況を確認すると、今日は一日外に出ているらしく、戻るのは夜になるという。


「そうですか」


どうしよう。一瞬、ボン太のことが頭に浮かんだが、

ここはあらためて電話をした方がいいのかもしれないとそう思う。

ボン太に『拒絶』されて、採用されないというのでは、悔しさ倍増だし。


「明日は、いらっしゃいますか」

『はい、週末はおります』


明日なら大丈夫だと聞き、私は受話器を置いた。

壁にかかる時計は、午後3時。

私はあえてこの時間に、電話をした。

なぜなら、鬼ちゃんと一緒に座布団の見本を持って行った時も、

ナレーションをする時も、『午後3時』が基本の時間にあったから。

となると、そのあたりが椋さんにとって一息つける時間だろうと、そう考えてのこと。


「明日か……」


時計を見ていると、携帯がブルブル揺れ出した。

もしかしたらすぐに折り返しなのかと思い、相手の名前を見ると、

そこに出ていたのは『番号』。

知らない人の番号なら、出ないのが原則。



しかし、それが誰の番号なのか、私は気づいてしまう。



『樽井剛』

3年間、私と交際しながら、実は奥さんがいたという最低男。

別れると決めて番号を消したのに、番号を見たら思い出してしまった。

今更なんの用事だか知らないけれど、出るつもりはない。

座布団を携帯の上に2枚乗せて、音が鳴り止むまでじっと待った。





夕方少し前、お客様が来るのを待つ母に頼まれ、自転車で買い物に出た。

スーパーへ向かい、麦茶のパックや牛乳、今日の料理に使う材料などをカゴに入れる。

あとは……


「菜生ちゃん」


魚売り場の前で、理子のお母さんが手を振っていて、

私は『こんにちは』と挨拶をした。

今日は金曜だけれど、午後の診察はないのかな。


「おばさん、すみませんでした、就職のこと」

「あ……ううん、いいの、いいの。高瀬病院は電車だと少し遠いし」


先日、理子が来て、病院事務の仕事はどうだろうかと紹介してくれた。

おじさんの顔の広さから来ることはわかっていたが、断ってしまって。


「何か探せた?」

「まぁ、少しずつ……」


さすがに鬼ちゃんや母ではないので、『未確定』の情報を勝手に語ることなど出来ない。

私は『贅沢を言えた身分ではないけれど』と話す。


「いいじゃないの、ゆっくり探せば。理子もそう言っていた」

「そうですか」


この間は、私が洋平のことを言い出してしまい、理子は帰ってしまった。

なんとなく気まずくて、あれから連絡取っていないな。


「理子が嬉しそうでね、菜生ちゃんが戻ってきて。
あの子、普段は病院で事務をして、家に戻ってでしょう。
毎日ほとんど出歩かないのよ。だからといってこっちから出なさいと言うのもおかしいし。
菜生ちゃん、理子のこと、また誘ってやってちょうだい」

「あ……はい」


同じ敷地内に病院と家がある関口家。

確かに理子の動く範囲は狭い。


「また『プロペラ』で、おしゃべりします」

「お願いします」


おばさんはそう言って笑うと、カゴを押し、精肉売り場に向かった。

私は目的のものをカゴに入れ、レジに並ぶ。

おばさんは、理子が結婚したくないと言う理由を、知っているのかな。

うちの母も暢気で、私に『結婚』の言葉をぶつけてくることはないけれど、

それでも26歳という年齢は、それなりだと思うし。

理子なんて、医者の娘だから、それこそお見合いを持ってくる人はいそうだけれど。


「1270円でございます」


金額を言われ、支払いを済ませる。

すると、お店の前を歩く親子連れが見えた。

乳母車を押す女性。あの人、確か同じ学年だ。

同じクラスになったことはないけれど、生徒会にいたから、顔は覚えている。

そうか、お母さんになったんだな。

私は乳母車を見送り、持ってきた袋に買ったものを入れ店を出る。

自転車にまたがり、家までの道を走った。





テレビから聞こえてくる笑い声。それに遅れて笑う父の声。

今日は『坪倉』だけの状態、そこで話題を切り出してみる。


「ねぇ、鬼ちゃんってさ、私がいなくなってからも、ずっとこうだったの?」

「こうだった……とは?」


父は焼酎の入ったコップを持ち、一口飲む。


「いや、ほら、奥さんとさ、『遠距離結婚』のままなのかな……と」


鬼ちゃんには奥さんがいて、その職業が『学校の先生』だから

好き勝手に動けないということは、高校時代に聞いた。

教員はその土地で、免許を取るため、別の地域に移動すると資格も使えない。

その地域で、取り直しということになる。


「普通はさ、一緒に住むよね」


そう、『普通』というものがどこまでなのかわからないけれど、

そうしなければ『恋人』でいい気がするし。

父の顔が私を見る。

なんだろう、これから人相占いでもしてくれるのだろうかというくらい、じっと見て。


「何? 何かある?」

「いや、うん。鬼ちゃんが決めて、やっていることだ。俺は……わからん」

「わからん……」

「あぁ……」


なんだかハッキリしないな。

うちの両親がこういうことに疎いのだろうか、

それとも、鬼ちゃんと奥さんには、一緒に暮らせない別の理由があるのだろうか。


【6-4】



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