6 思いに向かう日 【6-5】



そして、次の日、日曜日。

朝目覚めて、洗濯物を担当し干し終えた後、居間まで降りると、

工場の方から女性の笑い声が聞こえてきた。


「全部干せたよ」

「ありがとう……」

「うん……何? 工場、誰かいるの?」

「『龍海旅館』に泊まった観光客の人みたいよ。
商店街にもあちこち立ち寄って、なんだっけ、写真だか……」

「あぁ、『ぬい撮り』?」

「あ、そうそう、それそれ。うちの畳でも撮っていいかって聞いてきて。
お父さんが話しているみたい」

「ふーん」


ガラス戸の部分から、軽めに覗いてみる。

髪の毛をポニーテールにした女性客2人、手にはそれぞれお気に入りのぬいぐるみ。

そしてその前には、鬼ちゃんが撮影用に整えた小さな畳と、ちゃぶ台があって、

明らかに顔がにやついている父が立っていた。



「いやぁ……思ったよりも長くかかったな」


父は居間に戻ってくると、軽く肩を叩く。


「そう? お父さんの方が楽しそうに話しかけているように聞こえてきたけど」


私の言葉を肯定するように、台所から母の笑い声が届く。


「バカ言うな。『龍海旅館』と商店街と、気に入ってもらって、
また来て欲しいと思うから、こっちも必死だよ」


父は以前、私が『ドリームコイン』で取った『へびのすけ』を首に置き、

スイッチを入れた。しかし、動かない。


「あれ? おかしいな」


スイッチ部分の乾電池に原因があるのかと蓋をあけ、揺らすように触れた後、

あらためてスイッチを入れた。父の首で、『へびのすけ』がガタガタ音をさせながら、

必死に揺れ始める。


「何も言わないぬいぐるみの写真を撮って、そんなに楽しいものかね」


父はそういうと、お茶が欲しいと母に声をかける。


「何も言わないからいいってこともあるんだよ……」

「ん?」


そう、何も言わないからこそ、寄り添える時もある。

黙って聞いてくれているだけで、ひとりではないと思えてきて……


「菜生もお茶、飲む?」

「ううん、私はいらない」


立ち上がり、工場にある小さな畳を見る。

それを作った鬼ちゃんが、あのお店に行けただろうかと、そのことが少し気になった。





『午後3時少し前』、私は『TATUUMI』に到着する。

今日は今までで一番緊張するかもしれない。

事務所を訪ねて名前を言うと、すでに話が伝わっていたのか、

『どうぞ』と案内担当の女性が前を歩き出す。


「はい」


そのまま着いていくと、到着したのは……




ボン太の部屋だった。



「失礼します」

「どうぞ」


ナレーションの仕事をした時も、そうだった。

最初だけボン太がいて、後から椋さんが来るのかな。


「うちで働きたいと……」

「はい」

「そう」


ボン太と向かい合ったまま、ここで静かな時間が訪れる。

あぁ、また、憂鬱な空間。

もう、ボン太とは絶対にこうなることがわかっているのだから……

椋さんはいつ来るのかな。


「あの……」

「はい」

「履歴書は……」

「エ……あ、はい」


ボン太に出すの? まぁ、いいけど。

私は書いてきた履歴書の封筒を、ボン太の前に出す。

ボン太はすぐに中身を取り出し、軽く見た。


「『三楽食品』にいたのか……」

「あ、知って……いや、ご存じですか」


一応、面接、面接。ボン太だけれど、ボン太ではないぞ、私。


「うん。昔、社員旅行で使ってもらったことがある」


社員旅行か。今は働き方も変わってきたし、上司と一緒にごちゃごちゃ行く旅行など、

必要ないという考えに変わり、忘年会や食事会程度に変わってきたが、

確かにそういった時代があったことは、聞いたことがある。


「そこで働けていたのなら、うちで働かなくても、
『三田島』くらいまで出れば、色々あるだろう」


『三田島』とは『ハローワーク』のある、あのあたりのこと。

確かに、最初はその辺で探せたらと思っていた。


「確かに、最初は探しました。でも、どこでもいいという気持ちで働くのは嫌なので、
気持ちを固めてきたつもりです」


そう、それは本当のこと。

働いている時間というのは、一日の中でも結構長い。

だからこそ、『お金がもらえたらそれでいい』という場所は、避けたつもり。


「ふーん……」



『ふーん』って……



どういう気持ちを固めてきたのかとか、

ここで、あなたはどういうことをしようとしているのかとか、普通聞かない?

これ面接なの?

それとも『プロローグ』?

このままボン太だけなのかな、椋さんは来ないの?

どうしよう、これで採用されなかったら……




これで落としてみなさいよ、ボン太め、一生恨むから。




「あの……」

「まぁ、頑張って」


ボン太は立ち上がると、内線電話をかける。

すると数分後に、椋さんが現れた。


「合格で……」

「はい」


ボン太は『合格』という指示だけを言うと、また部屋を出て行ってしまう。

椋さんはボン太の代わりにソファーに座り、書類を前に出してきた。


【7-1】



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