7 腰を痛めそうになる日 【7-1】

7 腰を痛めそうになる日



ボン太が部屋を出て、扉がパタンとしまり、私と椋さんが二人になる。

すでに広げられている書類たち。一気に力が抜けていく。


「あの……」

「はい」

「今ので面接は終了ですか」


志望動機だの、『あなたは何が出来ますか』とか、

面接ってそういうものだと思っていたけれど。


「そうですが……と、言いたいところですが、あれ? 専務が面接しましたよね」

「挨拶程度の話ししかしていないと思います」


そう、昔のご近所仲間、立ち話でもあれくらいはするはず。


「挨拶程度ですか」

「はい。『ふーん』しか言ってませんでしたよ。あ、あと頑張ってって」


椋さんは『そうですか』と笑顔で言ってくれる。


「専務には、昨日の段階で話を入れていたので。菜生さんがどういう人なのか、
もうわかっているし……ということでしょう。
大丈夫ですよ、今、OK出してましたから」


椋さんはそういうと、『契約の内容について説明をします』と先に進めようとする。


「あ、はい」


私にとっては、なんとなく気の抜けた面接だったが、

『採用』なのだからそれでいいのだと思うことにする。

そう、確かに昨日の電話の段階で、80%くらい話が動いている気がしたし。

これから、あらためて向かい合うのも……


「まず、契約ですが……」


『契約』なのだから、細かいところまでしっかり見ないといけないのかもしれないが、

お金が高いとか安いとか、そういう次元で仕事を選んだわけではないので、

おかしなことがなければ、それでいいと思えてしまう。

モデル並の容姿で、頭の回転もいいし、人の考えていることをすぐに見抜いて、

先回りが出来るような切れ味もある。

声もいいし、笑顔もいい……



あなたが説明してくれているのだから、おかしなことはないだろう。

全面的に信用させていただきます。



『とにかく、これから一緒に頑張って行きましょう』

『はい……でも、少し不安です』

『不安? 何がですか』

『こういう仕事は、したことがないので……。きちんと出来るのかどうか』


少しだけ、もじもじする私。


『大丈夫ですよ、僕がついていますから』


そう、その台詞を待っていて……


『はい』

『いい返事ですね』


そうですか? なんて照れてみせて。

椋さんは、私の顔をじっと見て……



「ここまでよろしいですか」

「あ……はい」


いけない、妄想状態が……これはあまりにも気が抜けている。

こういうところだ、鬼ちゃんに笑われるのは。


「では、明日から、しばらく9時に出社していただきます。
まずは、更衣室で着替えてもらって、それから仕事に入りますが、
それはまた明日、その時に……」

「はい」


9時ね。

旅館業だけれど、一般企業と変わらないな。

そうか、私、『企画』だからか。


「色々とありがとうございました」


ボン太の部屋を出て、自転車置き場まで椋さんに送ってもらう。


「一緒に頑張りましょう」

「……はい」


しっかりと返事をして、頭を下げてその日は帰ることになる。

明日から、私の新しい1歩が始まると思いながら、風を受け自転車で下へ降りた。



「……というわけよ」

「ふーん……」


その日は日曜日、『関口内科、産婦人科』も当然休みなので、

『プロペラ』に理子を呼び、ここまでの経過を語った。

特に、椋さんとどんなふうに距離を近づけたのか、そこらへんは念入りに。


「そう、菜生の声にね」

「そうなの。あれがあったから、今日の面接にまでつながっているのよ。
わからないものよね、人の出会いとかって」


二人で夕飯代わりの『ナウミタン』を頼み、ケチャップの甘酸っぱい味を堪能する。


「でも、確かに菜生の声はよく通る。
だから先生にも、演劇でいい役をもらっていたでしょう」

「エ……そうだった? だって、森の木だよ」

「木だけど、主役だよ。あの劇だと」

「……だったっけ?」


確かに台詞は多かった気がするけれど。

主役の割には、顔しか出ていなかった。

なんせ、木だし。


「で、仕事の内容は?」

「内容はまだしっかりと話されていない……と思う」

「思う?」

「あ……うん」


そう、実際には椋さんの説明っぷりを眺めていたため、細かい内容が入っていない。

でも、『経験を積んで……』という言葉は頭を通り過ぎた気がする。


「今日は面接と、条件提示だもの。とにかく経験を積んでってことだから、
まぁ、しばらくは椋さんのアシスタントとかかな。いきなり色々は無理でしょう」

「アシスタント……」

「……だと思う。いいでしょアシスタント。響きがいい」


いくら理子が私の話を何でも聞いてくれるとはいえ、

椋さんの素敵な声と姿にポーッとしてしまい、

説明に集中していなかったとはさすがに言えない。


「だと思う、だと思う……か。菜生ったら、芹沢さん素敵だな……くらいのこと、
考えていたでしょう」

「エ……いや……」


説明しなくても、私の気持ちの高なりが、理子にはしっかり伝わっていた。


「とにかくよかった。頑張ってね、菜生」

「うん、ありがとう理子」


よかった。洋平のことで会いづらかったけれど、椋さんのおかげで乗り切れた。

そこからはおもしろかったテレビの話など、たわいもない会話をし、

2時間くらいお店に居座った後、理子と別れることになった。


【7-2】



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