7 腰を痛めそうになる日 【7-4】



掃除機の音もなくなり、会話もどうつなげたらいいのか。

迷ってしまったことで生まれる、静かな、静かな時間。

あまり親しくない人と、作ってしまうこの静けさ。

あぁ、また、ここでも作ってしまった。苦手なんだよねこれ。

風呂場の方から、聞こえる水の音だけが耳に届いてきて。

何か、何か話題を……


「えっと……脱衣カゴも……」

「そうね、きちんと拭いて、それからコットンや綿棒の補充もお願い」

「はい」


当たり前と言えば当たり前だけれど、お客様としてここに来た時には、

綺麗な状態しか見ることがない。

でも、それはこうして掃除をしている人がいるからキープ出来るわけで、

あらためて当たり前のことに気づかされる。

これだけ動けば、濡れる場所もあるし、作業服なのは当然。

普通の服装とは体を動かせる自由度が違う。


「はい、いいでしょう」


浴室清掃に関わった私を含めた5名が、それぞれの担当場所を点検する。

五代さんにチェックしてもらい、私の担当部分もOKが出た。

『大浴場』関連の清掃が終了し、ここで一度休憩。


「はい、坪倉さん」

「すみません、いただきます」


冷水用ポットに入った麦茶を、湯飲みに入れて飲む。

普通の麦茶だろうけれど、ものすごく美味しい。


「はぁ……」


私のため息に、同僚の皆さんから笑い声が聞こえてきた。

まさか聞かれているとは思わず、少し恥ずかしい。


「あの、こちらは女性用ですよね。男性用はこれからですか?」

「いえいえ、男性用は別のスタッフ達がすでに行っていますよ」

「あ……そうですか」


よかった、これから向こうですと言われたら目が回る。


「坪倉さんは、今まで何をしていたの?」


一緒に休憩を取った女性から、そう質問をされた。

そうだよね、相手を知るためにはまず自分のことを言わないと。


「私は東京で働いていました。地元はここですが、
大学に行くために東京へ行って、そのまま社会人に……」

「あら、そうなの」

「はい」


一応、営業事務としてそれなりに働いていました。

なので、まさか『お掃除要員』に回されるとは……とは、

さすがにみなさんを前にして言えないけれど。


「それなら、ここに定着はないわね。少ししたら異動されるのかな」

「そうでしょう、まだまだお若いし……」

「いや、どうでしょうか……」


一応謙遜して見せたが、ここでずっとと言われたらそれは絶対に困る。

掃除のプロになろうと思っているわけではないですし。


「さて、そろそろ動きますか」

「そうね、チェックインが迫ってくるし」


休憩が終了し、一緒にいた人達が3人大浴場を出て行ってしまう。

残されたのは私と五代さん。


「これから私と坪倉さんは、トイレ掃除に入ります」

「……は? あの……」


まだ掃除なの? 今度はトイレって……


「何か……」

「いえ、何かと言うわけではないですが、あの……」

「関われる人数が少ないですから、時間は有効に使いましょう」


五代さんは、大浴場の中にあるトイレと、フロントのそばにあるトイレ。

そして、喫茶室やゲームコーナーがあるフロアのトイレの3箇所を、

これから掃除していくと、あらためて説明をしてくれた。





五代さんに説明を受けて、一緒にトイレのタイルをブラシでこすりながら、

私は『もしかしたらそうなのか?』とあることを考えた。

芹沢さん、今までは、そう初対面から今までは、

とにかくニコニコと愛想よくしてくれた。

『菜生さん』なんて名前をさらりと呼んだり、『あなたがいい』と仕事を頼んできたり。

でも、私がここに入ることを決めたら、急に態度を変えた。


『坪倉さん……』


言っていることはわかる、お客様のいる場所で、

従業員同士名前を呼び合うのがおかしいこと。

でも、どうして仕事をするのがここなのかと思ったが、

五代さんと話していたら納得出来た。



『人手不足』



そう、ここだ、ここだった。

なんだか楽しい仕事が待っているようなことを言って、人をやる気にさせておいて、

実際にはキツイ業務。何がなんだかわからないように、めまぐるしく動かして、

『使い捨て』しようとしているのだろう。

五代さん、さっき話していたもの。

前に面接で採用した人達、半分くらいしか残っていないって。

だってあれから何日経っている? 1ヶ月、そう、それくらいの日々だよ。

なのに半分以下……。



50%以下の生存率。



そうか、そうだ。

みなさんきっと、『掃除ならここでなくても』と思って辞めてしまったのだ。



うわぁ……騙された。

こんなやり方、『詐欺の一歩手前』でしょう。

『掃除要員』が欲しいのなら、最初から仕事はこうですと説明すべき。

何が『一緒にやって欲しい』だ。『声がいいから頼もうと思った』だ。

もう、完全に騙された。



私はその日、五代さんとほぼ一緒に行動し、とにかく『掃除』に明け暮れた。


【7-5】



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