10 穴埋めの日 【10-1】

10 穴埋めの日



扉をノックすると、中から声が聞こえる。

失礼しますと言って開くと、ソファーに座っていた芹沢さんが立ち上がった。


「おはようございます」

「おはようございます……」


どうぞと言われて、向かい合うように座った。

テーブルに乗っていたのは、タブレット。

芹沢さんが何やら動かし、画面を出してくれる。

おそらく今朝、鬼ちゃんが言っていた、あのホームページに載せる……


「以前、お願いしたビデオですが、出来上がりました。
ホームページにはこれから載せることになりますが、まずは坪倉さんにと」

「はい」


やはりそうだった。

ボタンを押すと、以前の映像が流れ出し、私の声で説明が始まった。

BGMも心地よく加わり、一つの作品となっている。

『龍海旅館』に宿泊すると、どんな景色が見られるのか、地域の観光、

海の歴史、商店街の人達の愛想の良さなど、5分くらいのものだが、

『七海』に興味を持ってもらえるような、そういった温かい内容になっていた。

タブレットの映像が終了し、画面が黒になる。


「どうでしたか」

「自分の声だと思うと、なんとなくくすぐったい気分ですが、
思っていたよりもよかったかなと」

「はい、思っていた通りのものが出来ました」


芹沢さんは、私がOKの返事をしたので、これを載せる作業をしますと言ってくれる。

これで要件は終了だろう。



そういえばと思い、パーテーションの方を見るが、以前見えた場所に、

ぬいぐるみの足らしきものはなくなっている。残念、ここでは切り出せないな。

機材を移動させる芹沢さん。

坪倉菜生、色々とありますが、大丈夫ですよ、しっかり残って仕事をしますから。


「それでは……」

「あ……ちょっと待ってください」


仕事に戻ろうとしたが、芹沢さんに止められる。


「明日が休暇ですよね」

「はい」

「それならば、今日で清掃担当は終わりになります」

「エ……」

「五代さんが戻りましたし、大森さんの紹介で女性が1名明日から入ります。
男性の方にも1人決まっていますので」


新しい人が入ってくる。


「あの……」

「坪倉さんには、来週から『海ひびき』の方に加わっていただきます」

「『海ひびき』」

「はい、よろしくお願いします」


『海ひびき』というのは、『龍海旅館』と隣接するレストランのこと。

あまりにも予想外の話に、すぐ声が出なかった。


「仕事は10時からに変更されます。大丈夫ですか?」


レストランの忙しい時間を考え、勤務時間が1時間ずれるという。

芹沢さんは、まるで当然の人事異動のように、冷静に話をするけれど、私は……


「あの……お聞きしてもいいですか」

「はい」

「清掃担当から海ひびきに異動って。
私が『龍海旅館』に入れたのは、何を意味してですか」


人手不足であるのなら、それはそれだけれど、

慣れてきたところで、急に仕事場を変えられる。

もちろん、ずっと清掃担当でいたかったわけではないが、それなら順序が逆だろう。

新しい人が来たから、場所を空けるということは、

あなたはまた、別の穴埋めですと言われているようで、

『私の価値』とはどこにあるのか、それを問いかけたくなった。


「清掃から、レストラン……単なる、不足部分の穴埋めですか」


掃除をし、今度はレストランのウエイトレスなのか、皿洗いなのか、

また希望者が出てきたら、今度はまた別の場所の『穴を埋める』。


「穴埋め……」

「そうです」

「穴埋めをしていくことは、とても大切なことだと思いますが」



『穴埋め』



私自身に価値を見いだしているわけではなくて、ただ、しのげていけたらという言葉。

『そんなことではありません』とか、『こうした仕事をする前のステップアップ』だとか、

それなりに『穴埋めではない』と否定されるつもりで出した言葉なのに、

あっさりと受け入れられてしまった。


「わかりました」


鬼ちゃんが朝、話してくれた芹沢さんの態度が、本当なのかウソなのか、

なにがなんだかわからなくなるけれど。


「申し訳ありませんが、この先のことは、明日の休み1日で考えさせてください」


今日の仕事をおろそかには出来ない。清掃担当のみなさんには世話になったし、

お客様に迷惑もかけられない。でも、明日が休みなら、

その先については、考える時間が欲しい。


「失礼します」


私は黙っている芹沢さんに頭を下げると、企画室を出た。





『こういった方法はどうでしょうか』



東京で仕事をしていた頃、何かを提案しようとすると、

『あぁ、そうだね』と軽くわかったふりをされた。

それでもとくらいつけば……



『君の立場でさ、会社の10年後まで考えなくてもいいでしょう』



女性は、最初からどうせ辞めるだろうと思われていて。



『これ……誰が書き直した』

『はい』

『坪倉か、余計なことをするな。君にこれを頼んだ覚えはない』



自分の保身だけは必死の男性社員。

その小ささを笑うくせに、指摘はしない女子社員。

枠から少しでもはみ出すことを、極端に嫌がられて、最後の捨て台詞。



『言われたことをこなしなよ。余計なことはしなくていいからさ。
これは坪倉さんが責任取ってよ。あとで上に謝っておいて』



疑問など持たなくていい。言われたことだけをただこなせばいい。

もっと仕事場をよくしたい。風通しをよくしたい。

そんな余計なことをするから、変わろうとしない、変わりたくない人達にとっては、

邪魔になって。

全てはあなたの責任。



東京と七海。

場所も環境も全然違うのに、また同じようなことになる。

『掃除と言われたら掃除、レストランと言われたらレストラン』

言われたところで『はい』と頷き、働けばいい。お金はそれなりに入ってくる、

ただ、時間が来るまでいればいい。

何がいいのか悪いのかなど、考えることは損をする。



私の意見など、考えなど、最初から必要ないということだから。



4年生の大学を出て、仕事を始めたのに、

『七海』を出る時には、

これから何かをやってやるくらいに意気込んで出ていったのに。



『穴埋めをしていくことは……』



『穴埋め』か……空いているところに、ただはめられるだけってこと。

考えるなど、邪魔で無駄なだけ。


ここでもまた……


同じだ。


【10-2】



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