10 穴埋めの日 【10-2】



『波の綾』

ここには今日も剛がいる。



『仕事? 仕事は『インテリアデザイナー』』

『インテリアデザイナー?』

『うん』



職業が『インテリアデザイナー』という男を、私が好きになったのは、

誰でもいいという仕事ではなく、自分で自分を輝かせられる人だったから。



私は部屋の前を足早に通り過ぎ、大浴場に向かう。


「すみません、戻りました」


五代さんをはじめとしたみなさんが、『お帰り』と声をかけてくれた。



『清掃担当は今日が最後になりました』


気持ちの整理がつかないまま、五代さんをはじめとしたスタッフの前で頭を下げると、

みなさん『大丈夫だよ、頑張れ』と当たり前のように送りだしてくれた。

前にも話をしていたな、私より先に入った人達が、もう半分も残っていないこと。

つまり、清掃の場所で仕事をする人達は、『入っては出ていく者』など、

珍しくもなんともないということ。


『あゆの退院が決まったの、ありがとうね、坪倉さん』


五代さんから、そんな話は聞けたものの、それはそれと言うことで。

私は作業服を『使用済みボックス』に入れると、軽く腕を回し大きく息を吐いた。





明日のお休みに、『電動自転車』を買いに出かける予定だった頭は、

『穴埋め』攻撃に、すっかり気持ちをやられてしまう。

続けるのか決めかねている状態で、出費は出来ない。


「ただいま」

「お帰り」


母の声に出迎えられ、そのまま階段を上がろうとした足が止まる。

体の向きを変え、工場の扉を開けた。


「ねぇ、鬼ちゃんは?」

「理子ちゃんちに呼ばれていっているよ」

「理子の家?」

「基君、戻ってくるらしいな。畳を新しくするって言われてさ」

「あぁ……」


そうだ、理子がそう言っていた。

医学部を卒業し、病院で数年間頑張った基さんが、こっちに戻ってくるって。

『戻ってくる』ことは同じでも、私と基さんは天と地の差がある。


「この間、理子もそう言っていた。基さん、結婚するかもしれない」

「あ……そうなのか。まぁ、そうか、そうだよな年齢的には」


鬼ちゃんがいないのなら、仕方がないなと扉を閉めようとしたが、

ふと父の気持ちが気になった。


「お父さん」

「何だ」

「お父さんは私に、相手はいないのかとか気にしないの?」


娘の年齢が26となれば、世間一般的にはそういう話も出てくるだろう。

実際、紹介しているわけではないが、剛のウソさえなければ、

ここに来ていたかもしれなくて。


「気にはなるよ、それは当然だろう、娘なのだから」

「でも、聞かないでしょう」


東京からたまに戻ってきても、うちの親は男女の話を一度もしたことがなかった。

しかもこの3年は、戻ってくることすらなく、お尻を向けていたわけで。

普通の親なら、その間に何をしているのか考えられると思うけれど。


「菜生なら……そういう人が出来たら、話すだろうと思っているし」

「エ……」

「俺は、お前がこの人と幸せになるぞと宣言する相手のことだけわかればいい」


父はそういうと、古い畳のあちこちを、手で触りながら何かの確認をし始めた。


『幸せになる』


私は父の動きをただ見続ける。

畳職人として、どれくらいの腕があるのかはよくわからないけれど、

間違いなく私はこの人の仕事で、育ててもらった。

確かに、『幸せになるよ』と思える相手が出来たのなら、きちんと話すのが当然。


「年下でも、年上でも、そんなことはどっちでもいい。
菜生がこの人がいいという人が、一緒に頑張ると宣言してくれたら、
俺は言うことないよ」

「お父さんより年上でも?」

「ん?」


父の顔。『どういうことだ』という真面目なもので。


「冗談です。何、本気にしているのだか」


私は壁にとりつけていたカレンダーの画鋲が外れて、下に落ちているのに気づく。

サンダルを履いて、それを直しに向かった。


【10-3】



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