10 穴埋めの日 【10-3】



「ただいま戻りました」

「おぉ……」


理子の家に行っていた鬼ちゃんが、そのタイミングで工場に戻ってきた。

鬼ちゃんは、理子の家で何やら決めてきたのか、

メモを取り出し、父に説明し始める。


「2階を……」

「はい」


理子の家ということもあり、私も一応参加という意味で、のぞき込んだ。

1階、2階と間取りらしきものが書かれていて。


「リフォームするの?」

「らしいよ。元々関口さんが中古の家に入ったから、直したいところもあるようだし」

「そうか、なら本当に基さん戻るんだな」

「1、2年一緒に病院をやるけれど、そうしたらもう基さんに任せたいって、
そんなことを話していた」

「ふーん」


『関口内科、産婦人科』も世代交代が近くなる。


「ねぇ、鬼ちゃん、理子に会った?」

「あぁ、理子ちゃんが畳の部屋に連れて行ってくれたからね。
聞かれたよ、鬼澤さんが住んでいるアパートはいくらですか家賃って」

「あ……そう」


鬼ちゃんの話から、理子が本気で家を出ようと思っていることを、あらためて知る。


「理子さぁ、一人暮らしをしようとしているみたい」

「うん……お兄さんが結婚相手でも連れてくれば、まぁ、小姑のようになるからな」

「小姑って響き、嫌だな」


私は床に落ちていたメモ用紙を拾う。

『会長さん 8日6時』と記されていたため、斜めの方向に立ち、

少し外れた調子で歌を歌っている父の背中を見ながら、クシャッと丸め、

ゴミ箱に入れておく。3日前に飲み会を開いていたのに、また3日後の誘い。

これは少し、お灸をすえてやらないとならない。


「俺のところは、結構築年数が古いし、
全員が男性だから辞めた方がいいよと言っておいた。
理子ちゃんも、『七海』以外で探すつもりですって笑っていたけどね」

「そう……」


理子が家を出る理由。

基さんのことがあるからと言えば、そうなのかもしれないが、

私にはどうしても、洋平がちらついて。

メモを捨てられたと知らない父は、仕事を終えるつもりなのか、そのまま居間の方へ。


「あ、そうだ、鬼ちゃん、聞いて。いや、あのさ、本当に芹沢さん、
今朝のような神妙な台詞を言ったの?」


そう、話の本題はこっち。

居間の方から、『町内会長さんが、俺に相談事があるらしい』と

父が母に語りかける声が聞こえてくる。


「今朝のって……あぁ、お前のことを気にしていたってあれか?」

「そうです」


『相談事ってなんですか』という母の問いかけと、

『それは言ってみないとな』答える父の声。


「ウソはついていないぞ、ついてどうするんだ」

「まぁ、そうだけど……」


今日のことを話そうとしたら、父が工場に戻ってきた。

右や左を見ている雰囲気から、おそらく探しているのはあのメモだとわかったが、

しばらく様子を見ることにする。


「社長……どうしました」

「あ、うん。ちょっとメモをな……」

「メモ……仕事の予定とかですか」


鬼ちゃんが立ち上がり、自分の周りを見始めた。


「いや、うん……」

「何かに挟んでいるとか……」


鬼ちゃん、探してあげる必要はないから、ここに来てください。

父のメモは『仕事の予定』でもないし、『大事な寸法』でもないから大丈夫。

そう言いたいけれど、そうか、鬼ちゃんは立場的にそうなるな。

これはゴミ箱からメモを出して、父に渡さないと、私の相談事が進まない。


「お父さん……」

「お父さん」


私の声に重なる、母の声。


「あったか、メモ」

「ないですけど、おそらく6時ですよ、集合は」


母は、『町内会長』さんはいつもその時間だから、間違いないと答えてくれる。


「町内会長?」

「ごめんね鬼ちゃん。探さなくていいから。メモは飲み会のお知らせよ、お知らせ」


母にすっかり読まれてしまい、『いや、相談事が……』と必死に弁解する父。


「何が相談ですか、相談事に向く店ではないでしょう、集合場所が」


そう、酔っぱらって楽しく歌い出す父と会長さんが、

しんみり相談事など、するわけがない。


「少し早ければ待っていればいいし、遅れたらごめんで済むでしょう」


母の完全勝利。

飲み疲れた父を、何度も寝室に運び、お水を運んでやる母。

いや、尊敬します。

二人が工場から退場し、静かになったため、

私はあらためて今日の出来事を語ることにした。

先日の紹介ビデオが出来上がり、芹沢さんに見せてもらったこと。

そこで清掃担当は今日で終わりになり、来週から『海ひびき』勤務だと言われたこと。

一気に言葉が送り出された。


「『海ひびき』って、あのレストランか、横にある」

「そう。そこで何をするのかまでは、まだ聞いていない」

「……で?」

「ようはさ、五代さんっていうベテランさんも休みから復活したし、
以前からいる人達の紹介で新しい人も入るので、清掃はもういいです。
だから今度はあっちの人が足りないので、あっちですよって……」

「うん」

「何がしたいのか意味不明でしょう。つまり、人がいないのよ、
ただの『人手不足』。それは清掃をしている時にも思ったの。
『龍海旅館』を盛り上げたい、一緒に仕事が出来る人をどうのこうの言ったって、
これが現実。人がいないところに回して、『穴埋め』ですよねってそう言ったら、
芹沢さん、そうですよってあっけらかんと……」

「そうですよって?」

「いや、『穴埋め』の何が悪いのかって……そういう感じだったの」


言葉そのものは正しくないけれど、私に向かってきた台詞は、

それっぽい刃を持っていた。

『適材適所』というより、『行き当たりばったり』。

坪倉菜生などどうでもよくて、ただ、穴を埋めたいだけ。


「……で、菜生は腹を立てていると」

「腹を立てていると言うか、だって鬼ちゃんは今朝、言っていたでしょう。
私がどんな感じでいるのか、芹沢さんが気にしているというようなこと」

「あぁ、言ったよ」

「口調が荒いから反省とかさ」

「うん」

「辞めたら困るな……というような」

「あぁ……」

「そういう雰囲気には見えなかったの」


私は、鬼ちゃんに本格的な仕事をするためのステップアップとして、

色々な場所に行ってもらっているとか、逆に、2週間ごとに持ち場が変わるけれどと、

先に説明するなり、してくれたらよかったのではないかと不満を言った。


【10-4】



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