10 穴埋めの日 【10-4】



「そういうさぁ、説明?」

「説明……」

「そうだよ、説明」


『君には先があるから』とか、『逆にこれだけ』とか、わかっていたら……


「それならさ、菜生は、『龍海旅館』の面接で、
自分の何が評価されたと思っているんだ」

「……エ」

「東京に行っていたことか? 4年生の大学を出たことか?
それとも、履歴書に書いた自分の経歴か?」


鬼ちゃんは畳表をうまく丸めると、工場の隅に立てる。

何が評価されたのかと聞かれたら、確かに答えに詰まる。

そもそもボン太が出てきて、それで終わったような面接だったし。

その後の書類を読んでいた時には、私の方がどこか上の空で。


「椋さんがしている仕事を一緒にとなれば、知識も必要だし、経験も必要だろう。
それを、ただ地元に縁があるから、仕事がしたいからって人に、
いきなり振る方が俺にはおかしく思えるけどね」


知識と経験……


「旅館の仕事は幅が広い。個人の客もいれば、会社で利用する人もいる。
時期によっては、修学旅行とかそういうこともあるだろう。
どれくらい仕事が出来る人かもわからないのに、
あなたには先がありますよっていうのも、おかしい」


勢いよく出していた不満と愚痴の言葉は、鬼ちゃんの返しに出て行けなくなった。


「まぁ、『穴埋め』って言葉の響きは、確かに『虫食いを埋める』みたいに聞こえて、
空しい気持ちにはなるかもしれないな」

「でしょう、言い方があるよね」


そうなのだ、『穴埋め』という響きは、よく聞こえない。


「でも、就職って『穴埋め』だ」


鬼ちゃんは棚から白黒のちらしを出すと、私に半分渡してきた。


「何?」

「何じゃないよ、手が暇だろう。これこういうふうに折って」

「折るの?」

「そうだよ、ちらしを入れるからさ」



『畳のご相談は、『坪倉畳店』へ』



ちらしにはうちの写真と、電話番号。さらに畳はどういうもので、

表裏を変えるだけでも心地よい状態になること、どれくらいの年数で、

入れ替えた方がいいことなど、説明書きがされている。


「こんなの作ったの」

「この間、商店街の話し合いに出て、社長が決めて、印刷してもらったらしい。
まぁ、確かに、このあたりも昔からの人だけではなくなってきているし。
ひたすら電話がかかるのを待つより、こういったものを入れておいた方が、
口コミも広がるだろうしね」


鬼ちゃんは私に渡した残り半分を、テーブルで折り始めた。


「あ、そうだ、電話番号と名前の部分が上に来るように折れよ。ほら、こんなふうに」

「あ……うん」


4つ折りにしてしまうと、電話番号が折り込まれてしまうので、3つ折りにする。

すると、開く前に名前と番号だけは、自然と目に入るようなレイアウトだった。


「大変なんだ……うちも」

「何言っているんだよ、どこだってこれくらいのことはしているよ。
あ、ほら、『龍海旅館』がお前に声を頼んで、ホームページに宣伝をするのも、
こういう活動と一緒だろう」


鬼ちゃんの言葉に、頷きながら私もちらしをテーブルで折っていく。

確かに、待っているだけで成り立つ仕事など、どんどん少なくなっているだろうな。


「もし……」

「うん」

「やりたいことがあって、それを今いる社員だけでこなせるのだとしたら、
そもそも新入社員はいらない。余計な人件費がかかるし、仕事を教えないとならないし」

「うん」

「でも、会社には定年制度があるし、転勤もある。それに事情で退職とかがあると、
人は減るし、担当が他にいなかったら、引き継げない仕事が出来てしまうかもしれない」

「……うん」


確かに、持ち場の一人しか知らないなんてことになると、

残った人達が困るだろう。


「となると、今までやれたことが出来なくなる。だから募集する。
または、新しいことを始めようとしたけれど、
今の人数ではこれ以上は出来ないとなった時に募集する。
これって言い方を変えれば『穴埋め』だろう」


今いる人数を考え、仕事の量を考え、

さらに何かを生み出すとなったら、どれだけの人数が必要なのか。


「本来なら、この部分だけを徹底的にやるぞという人を、
つまりスペシャリストを集めておけば、それは仕事も速くなるだろうけれど、
俺はそれだけではダメだと思う。畳の仕事でもさ、張り替えをしながら、
縫い合わせもするからこそ、互いの必要な部分がわかることもあるし。
先にこっちを整えておこうと次の仕事を考えて行動出来るのは、
色々な箇所を扱えるからだし」


鬼ちゃんと父、二人で仕事を分け合っている時もあるけれど、

どちらも最初から最後まで、畳1枚を仕上げることは当然出来て。


「『穴埋め』って言葉を、プラスに持って行けるかどうか……そこが分かれ目だな」


そう言いながらも鬼ちゃんは、ちらしをどんどん折り進めていく。

『坪倉畳店』の宣伝ちらし。

私も鬼ちゃんと同じようにしているが、枚数の差は、さらに生まれて。


「それでも、仕事を選ぶのは菜生だから、嫌なら辞めたらいいよ。
別に椋さんの肩を持っているわけでもない、俺はね」


『穴埋め』をプラスにか……


「鬼ちゃん」

「ん?」

「どうしてそんなに速いの? 私だって……」


途中まで言葉を出していたけれど、全部言う前にわかった。

鬼ちゃんはきっと、以前からこういうことをしてくれていたのだろう。

プロの印刷技術でなくても、今は自分のパソコンやプリンターで、

それなりのものを作ることは出来る。

鬼ちゃんは午前中、だいたい車に乗って外に向かう。

それは当然、発注された場所に行くことがメインだけれど、

そういう時に、こうしたちらしを、近所に入れてくれていた。

新しい家が、当たり前のようにうちに仕事を寄こしてくれるのは、

そんな鬼ちゃんの努力があったから。

『坪倉畳店』を自分の場所だと思い、大切にしてくれているからこその行動。



私の評価……か。

確かに、今までの何が『龍海旅館』に役立つのかと言われたら、よくわからない。

ここが地元だと言うだけで、旅館の仕事など、何も知らないのだから。



「明日……電動自転車、買いに行ってくる」

「あれ? 今日、奥さん買いに行くって言ってたぞ」

「エ……何?」

「菜生に古いのをあげて、新しいのを買うわって……」

「ウソ!」


私はちらしをその場に残し、すぐに母の元に走った。


【10-5】



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