11 雷が落ちた日 【11-2】



「どれどれ、試してみるぞ」


夕食時、父は芹沢さんが取ってくれたタンブラーに氷を入れ、冷酒を作り出した。

隣に座る鬼ちゃんも、『使いやすそうですね』と褒めている。



『前にゴールドの方が取れて……』



そういえば、芹沢さん、このゴールドを持っているって言っていた。

使ってみたら、よかったようなこと。

ゴールドとシルバー……か。



ゴールドとシルバー、同じイラスト……



同じということは、『お揃い』と言うことで……



「うん……いいな、これ、持ちやすいぞ」


父の左手が、がっちりとタンブラーを握る。父の唇が……


「ちょっと待って!」

「ん?」

「それ、口をつけないで。やっぱり返して」

「は?」

「ごめん、すぐに別のに入れ替えるから」

「おい、菜生」


私は冷酒を台所に持って行き、いつも使う普通のグラスに入れて戻す。

父の唇は、触れていない、そう、大丈夫。


「はい」

「どうして変える。これだと意味が無いだろう」

「飲めばいいの、さっさと飲めば」


そう、すぐに飲むのだから、氷がどうのこうのなんて贅沢だ。

私は流しに行き、タンブラーをスポンジで丁寧に洗う。

水滴をしっかり拭き取った後、最初に入っていた箱に戻す。

それをそのまま手に持ち、階段を上がって部屋に入ると、

『にぎにぎビーンズ』があった場所に、納めることにした。





『海ひびき』勤務の開始日。

清掃担当に比べ、1時間遅れのスタートとなったため、朝の時間にも余裕が生まれる。


「今度はレストランなの」

「うん……」


母と一緒に洗濯物を干し、天気がいいため、布団を干した。

夏の空は、晴れていても急に機嫌を崩すため、母に布団のことはお願いする。


「それじゃ、行ってきます」


家族の『いってらっしゃい』の声に見送られ、私は自転車を漕ぐ。

レストランの仕事となると、一昨日まで来ていた作業服ではないだろう。

私は更衣室へ向かいロッカーを開ける。

すると、紺色の作務衣上着と中に着る用のTシャツ、

そしてズボンが揃えておいてあった。

襟部分や上着の裾あたりに、ちょっとした模様があって、これはおそらく波の模様。

『海ひびき』の店名を意識してのものだろうか。

名札は『TATUUMI』で共通のため、シールではなくなったプラスチックの本物を、

ポケット部分に挟む。

作務衣か。こういうタイプのものは、初めて着る。

とりあえず鏡の前で確認し、そのまま『海ひびき』へ向かった。



「今日からこちらで仕事をします、坪倉です」

「はい。芹沢さんから聞いていますよ」


そういって声をかけてくれたのは、

昨日、『ゲームセンター』に女の子と来ていた女性だった。

同じ制服姿、ここの従業員さんだったのか。


「一応、坪倉さんに教える担当となりました。『景山聡美』です。
よろしくお願いしますね」

「はい」


『海ひびき』自体は11時に開店となるため、準備時間を使って、

メニューの取り方を景山さんから学ぶ。


「これがオーダーを取る機械です。メニューというところを押すと、
麺類、ご飯、一品もの、デザートなど項目があるでしょう」

「はい」


景山さんの話だと、機械についている小さなペンのような器具を使って、

メニューと数を打ち込み、それを送信すると、厨房の方にデータが送られるという。


「50音順の方から押してもメニューが出るけれど、まぁ、一覧で出てしまうから、
探すのはこちらの方が大変かもしれません」

「……ですね」


50音の順番だと、料理も麺類もごちゃ混ぜに出てくるため、

確かにそこから探すのは時間がかかりそうだ。


「打ち込みを終えたら、必ず復唱。『こちらでよろしいですか』と確認をしてから、
送信、ここはしっかりとお願いします」


景山さんは半歩私に近づくと、

『料理人さん達は、結構気難しいから』と小さな声で教えてくれる。


「……気をつけます」


『気難しい人』か。うまく対応出来るだろうか、始める前からすでに自信がない。

大学生の頃、ハンバーガーショップでバイトをしたこともあったけれど、

『料理人』なんて人はいなくて、同じような立場のバイト仲間が料理も作っていたため、

そこまで緊張感がなかった。

こういうところの人って、そうそう、確かに気難しい人多そうだよね。

テレビでもさ、女将さんと料理人のトップが揉めてなんて話、聞くことあるし。


「そのときにね、特別なことを要求してくるお客様もいるの」

「特別?」

「あ……うん。ラーメンなら、ネギは入れないでとか、
揚げ物もソースは直接かけずに、別のお皿でとか……」

「あぁ……はい」


そういう特別なことを要求された場合には、星印を押すことになっていて、

厨房にも、『何かあるぞ』という印で送られていく。


「データを送信した後に、厨房に戻って、
何を言われたのか付箋に書いて、出てきた注文書に貼り付ける」


送信されたオーダーの紙は、ロール紙で出てくるため、

それが作る順番にボードに貼り付けられる。

そこに付箋を貼ることで、『特別』を見逃さないようにするらしい。

大浴場の掃除や脱衣所の掃除なども覚えることはたくさんあったが、

お客様に会うことはないため、今考えると気持ちは楽だった。

ここは対面が主になるから、間違いがあると、すぐその場で反応されてしまう。


「最初は大変でしょうけれど、でも、丁寧にやろうと思っていれば、
多少のミスは受け入れてもらえますよ」

「そうでしょうか」

「大丈夫です。フォローします」


景山さんはそういうと、私に機械を渡してくれる。

そこから30分近く、注文の取り方を学んだが、いきなり一人前には出来ないため、

とりあえずは運び専門となった。



「これ、3番テーブルお願いします」

「はい」


お盆の上に料理を乗せて、テーブルの横についている番号のところに向かう。

無理な形でものを渡すことは出来ないため、お盆をテーブルの隅に置かせてもらい、

両手で出せる体勢を整える。


「磯バターラーメンのお客様は……」


手が上がった場所に置かせてもらって、もう一つをその相手方に。


「ごゆっくりどうぞ」


頭を下げて、そのまま下がっていく。

なんとか出来たかも。


「ねぇ、お冷やください」

「あ……はい、すぐにお持ちします」


そう、客商売はこういうことなのよ。

予想していないことが、予想していない場所から……


「私、行くからね」

「ありがとうございます」


景山さんがフォローに入り、お冷やはすぐに手渡された。


【11-3】



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