11 雷が落ちた日 【11-3】



「お疲れ」

「景山さんこそ、色々とフォローをしていただいてすみません」

「ううん、全然。坪倉さん、きちんと出来ているわよ」


お昼のかき入れ時が終了し、少し遅めの休憩時間。

頼んだメニューを、自分の名前が書かれた場所に記入しておくと、

半額の金額が給料から引かれるらしい。

私と景山さん、そして料理人も合わせ8人。

少しずつみなさんでずらしたお昼時間。


「エ……昨日?」

「はい。お嬢さんと芹沢さんがゲームセンターにいたところに、
そういえば来たのが景山さんだったな……と」

「あら、そうだったの」


景山さんはシングルマザー。

ご主人とは、娘さんが3歳になった時に離婚をし、それをきっかけにして、

『龍海旅館』の仲居として入社したという。

しかし、仲居の仕事はお客様のお出迎えだけではなく、

食事の準備や宴会などもあり、拘束時間も長い。


「携帯でベビーシッターのような人を時間で頼んだりしたけれど、
そうすると、結構お金がかかっちゃって。何のために働くのか、わからなくなるでしょう。
だったら……と、覚悟を決めて娘だけで留守番させようかと。
でも5歳で、泣いてしまうし」


私はそれはそうだろうという思いで頷いた。

5歳なんて、まだまだお母さんとべったりしていたい頃だ。


「自分だけ特別な時間設定でお願いしますとも言えないから、
それなら他の仕事の方がいいのかなと考えていた時、芹沢さんに『海ひびき』へと、
言われたの。お給料は、当然仲居の方が高いけれど、
子供といる時間も絶対に必要ですよと言われてね。そんなこと、わかっていますって、
私もイライラしていたから、言い返して……」


景山さんは、『2年前のことよ』と言いながら照れくさそうに笑う。


「そうしたら、空いているアパートの部屋を一つを貸しますからって言ってくれて。
一応、『TATUUMI』の寮として借りているところだし、建物が古いから、
お家賃も安いの。それならなんとか出来るかな……と」

「ここ、寮……あるのですか」

「うん、古いアパートをね、数年前から『TATUUMI』が寮として借りているの。
私みたいな訳ありとか、まぁ、色々と癖のある人達が借りている……」


景山さんは、そう言った後で指を口の前に出し、

誰にも言わないようにというポーズを取る。

私はお冷やを飲み、頷き返した。

『海ひびき』の営業時間は、夜10時までになっているが、

ウエイトレスの仕事は、『ナイトスタッフ』と呼ばれる夜時間専門の人達が入るため、

私たちは6時で終了となった。





「あぁ……足が棒っていうのは、こういうことだよね」

「いきなりのウエイトレスは、気も遣っただろう」

「つかったよ、当然。オーダー間違えないかなとか、
お客様に料理を出すときに失敗しないかなとか」

「だろうな」


上機嫌でお酒を飲む父と、向かい合いながら自分の両足を叩く娘の私。


「明日からはレジもやるみたい」

「おぉ……お金か」

「うん。でも、今のは進んでいるから、会計伝票のバーコードを読み取るだけ。
後はお札と硬貨も入れる場所があってね、レジがお釣りも出してくれるから、
つかんで渡すの。計算は……」

「あぁ、もういい、もういい。聞いてもよくわからないよ」


父は、手を顔の前で軽く振る。

今の説明で、わからないってどういうこと?

まぁ、そういえば、お父さんに説明したところで、確かに話は続かないな。


「ねぇ、お父さん。『龍海旅館』の寮ってどこにあるのか知っている?
なんだか古いアパートで、2Kだって」

「アパート? あぁ……配送センターの裏にあるだろう。トタンの……」

「トタン? あぁ……あれ?」


確かに建物は古い。私が小学校の頃から存在するアパートで、

その頃は海の近くで、小さな加工会社をしていた企業があった。


「階段はカンカン音がするような、錆び付くあれだよね」

「あぁ、そうだよ。でも、中はそれほどボロじゃない。リフォームもしているし、
うちも何度か畳替えにいったな」

「ふーん……」


景山さん、訳ありの人が住んでいるとか言っていた。

『訳あり』って……


「なんだ、お前もあそこに入るのか」

「入るわけないでしょう。実家がこれだけ近いのに。
今日から仕事を教えてくれた景山さんが、そこにいるって娘さんと」

「娘さんと……」

「そう、シングルマザーなの。そういう話の中で、色々訳ありの人がいるって聞いて、
訳ってなんだろうな……と」


普通の企業と比べて、『旅館業』というのは、仕事も多岐にわたっている。

清掃の仕事、そして今日のレストランの仕事。

同じ『TATUUMI』なのに、接点はない。


「昔はな、借金取りから逃げてきた人とか、まぁ、世の中から少し隠れていたい人とか、
そういう人がいたものだがな」


借金取りか。あぁ、なんとなく想像出来る、映画の世界。

雪の中、着の身着のまま逃げてきた人の苦労話を聞き、

それならうちで仕事をとなる、あれだよね。


「今は世の中が複雑だから、事情もより複雑なのかもしれないな」

「複雑」

「菜生、料理運んで。それで鬼ちゃんにも声かけて」

「はい」


私は立ち上がり、キッチンに向かう。

そうか、私と同じ仕事をして、家に戻ってから、

景山さんは児童センターにお子さんを迎えに行って、さらに料理をしているわけで。

こんなふうに足を叩きながら、のんびりすることなどなく。


「あ……美味しそう、これ」

「いいでしょう。昨日、厚子さんに作り方を聞いてきたのよ」

「へぇ……」

「厚子さん料理上手だもの」

「あぁ、確かに」


私は大皿をテーブルに運び、工場の扉を開ける。

以前、芹沢さんに言われていた、もっと小さな畳の細工を実現するため、

鬼ちゃんは奮闘中。


「鬼ちゃん、ご飯できたよ、食べよう」


私の呼びかけに軽く左手があがり、そこから5分後、夕食が開始になった。


【11-4】



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