11 雷が落ちた日 【11-4】



『海ひびき』勤務3日目。

私は、注文機械の操作もだいぶ覚え、オーダーと急なお冷やの声にも、

慌てずに対処出来るようになった。

それでも細かいミスはいくつかあったが、お客様を大きく怒らせることなく、

仕事を続けていく。しかし、『料理人さんは気難しい』という、景山さんの台詞が、

ドンと押し出されるような出来事が、厨房で起きた。


「なんだと、お前、俺に指図する気か」

「指図ではないですよ、分量をしっかりみてくださいとそう言っただけです」


『海ひびき』の厨房は4名入っていて、

そのうちの一人は皿洗いと片付けがメインの年配男性だ。

私たちのようにフロアを仕切るウエイトレスも、通常は4名で回している。

実際、料理に関わるスタッフは、ベテランそうな男性が2名と少し若そうな男性が1名。


「いちいちなぁ、こんなものでやっている時間がもったいない」

「……ったく」


明らかに仲の悪そうな2名だけれど。

私はオーダー表が出ていることを確認し、料理を乗せるためのお盆を置いた。

次に出てくるものはと思い待っていると、予定とは違うものが先に乗せられる。


「ほら、持って行け」

「……はい」


料理によっては多少の時間差はあるだろうからと思い、出されたものを先に運ぶ。

すると、届けられた方は普通に受け取ってきたが……


「ねぇ、あっちより俺の方が先だったよね」

「あ……はい。すみません、すぐに出来ると思いますので」


やはり予想通りの反応。

多少、メニューの複雑さで出す順番は変わることもあるのだけれど、

そうはいっても、お客様からすればお腹を空かせて待っているのだから、

『順番』は守られて欲しいと思うわけで。

私はすぐに厨房側へ戻り、先にオーダーされた料理の様子を確認する。


「すみません、7番の『魚カツ丼』は……」

「その通りに作っているよ」

「でも、次のオーダーを先に出したので、7番のお客様が……」

「効率を考えたら、こっちの方がいいんだ、黙っててくれ」


『一喝』されてしまった。

他の男性スタッフが、声を出したスタッフをどこか冷たい視線で見る。


「今、出すよ」


少し前に言い合っていた相手のスタッフが、丼にご飯をよそる。

すでにたまごと合わせるだけになっていた『魚カツ』をすぐに丼の形に変えてくれた。


「はい、よろしく」

「……はい」


私は『魚カツ丼』をお盆に乗せて、7番テーブルに向かう。

お客様は少し不機嫌そうな顔をしていたが、味は美味しかったのだろう、

会計時には『また来るよ』と機嫌を直していた。





「市尾さんね……まぁ、まだ気持ちが切り替えられていないのかも」

「気持ち……」


交代のメンバーが登場し、景山さんと遅めのお昼ご飯。

景山さんに今日の出来事を話すと、『わかるわかる』という意味で、大きく頷かれる。

『分量をはかるように』と言われて、ふてくされたような態度を取ったのが市尾さん。


「市尾さん、この3月まで、『龍海旅館』の厨房にいたの。それこそ専務が小さい頃から、
宴会の料理を仕切るくらいの人で、自信もあったのでしょうけど、
少し体調を崩してね。芹沢さんがこの春から、旅館の厨房から外れてもらうと決めて」


市尾さんの仕事場所を変えたのは、芹沢さんだった。

現在、『龍海旅館』で厨房を仕切っているのは、

市尾さんの下で働いていた料理人で、スタッフも、機械化が進み人数も減ったという。

そしてここ、『海ひびき』の厨房は、古橋さんという、

やはり市尾さんより10歳も若い料理人が、3年前からトップになっている。


「私、以前は仲居だったでしょう。
だから、市尾さんが旅館の厨房で働いていたのも知っているから、
複雑は複雑だけど、でも、経営をしていく方側からすれば、
無駄になるような箇所は省きたいだろうし、若いスタッフのやる気も、
考えないとならないから」


確かに、あの言い方でいつまでも上にいられたら、

下で働く人達は、動かない現実につまらなさを増すかもしれない。

サラリーマンには地位があるが、定年がある。

料理人のような職人の世界には、それがなかなか……


「そういうことから、市尾さんは芹沢さんが嫌いで、月島さんに頑張って欲しいから、
専務と、月島さんの注文だけは、事務所まで私たちに運べって言うのよ。
芹沢さんのは運ばないのに」


月島さんか……

そういえば、ボン太と一緒に歩いているのを見たな。

私が剛と知りあいだと言うことも、気にしていたし。

確かに、損得の匂いには敏感そう。

芹沢さんと月島さん、この二人にも何やらあるのかも。


「厳しいことを言われても、私は芹沢さんの方が信頼出来る。
きちんとしたルールを守りましょうとしてくれた方が、差が出ないしね」


きちんとしたルール。

確かに、芹沢さんはそういう人だ。

仕事で関わったときには、『当たり前』をビシッと言われてしまう。


「あ、いけない、いけない、私ったら……」


景山さんは笑いながら、口の前に指を出し、『言わないでね』のポーズ。

私は『もちろんです』という意味で、しっかり大きく頷いた。



『七海』が観光地として寂れてしまい、

それこそこの旅館を売らないかという話まで出たと、以前理子から聞いた。

その状態を立て直すためには、確かに笑ってばかりではいられないし、

辛い言葉を受け止めた人達も、数多くいただろう。

それでも、『TATUUMI』という大きなものを守るため、上に立つ人間は、

時に『鬼』にならないといけなくて。


「さて、帰りますか」


夏に向かう季節のため、まだ午後6時でも明るい。

夕焼けが沈むため、水平線に近くなり、海面がキラキラ輝いている。

今日はビールなんていいかもと思いながら、私はペダルを漕いだ。





……がしかし


「菜生、お前はいったい、東京で何をしていたんだ!」

「エ……」


のんびりビールなんて状況ではないような修羅場が、我が家に待っていた。

何をしていたってどういうことだろう。

父は怒り度マックス状態で、玄関に立っている。


「お父さん、とにかく菜生の話を聞きましょうよ」

「何? どういうこと?」

「どういうことだと。お前が東京で何をしていたのか、それを聞いているんだ」


何をしていたって、普通に仕事をして……


「菜生、樽井さんってわかる?」


母から出た名前に、出そうとした言葉が引っ込んだ。


【11-5】



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