11 雷が落ちた日 【11-5】



どうしてこうなっているの? 剛がここに来たってこと?

でも、ここには来ないでと話していたし……


「黙っているのは、わかっていると言うことだろう。お前は……」

「お父さん」

「社長、落ち着きましょう」


鬼ちゃんが登場し、興奮状態で私に手を伸ばそうとした父を奥へ連れて行く。

家に戻ってきて、突然怒鳴られても何が何だかわからない。

私は頭の中が混乱した状態のまま靴を脱ぎ、とりあえず揃えた。



坪倉家の重苦しい空気が漂う居間。

正面には機嫌が悪いため、そっぽを向いている父と、その横には母。

鬼ちゃんは『完全坪倉家』を作り出すつもりなのか、工場にいるようだった。

でも、こちらの様子は気にしてくれているはず。

何かがありそうな時にはきっと、助けに来てくれるだろう。

私は荷物を横に置き、とりあえず座る。


「説明をしなさい」

「説明はするけれど、いきなりお父さんに怒鳴られているから、
どこをどうすればいいのか、わからない」

「樽井さんを知っているのか」

「知っています」


ここまできて知らないなんて、言えないことくらいわかる。

どういう流れで父が剛を知ったのかはわからないけれど、こうなったら、

言うことを言わないと。


「ねぇ、菜生。樽井さんとお付き合いをしているの?」

「正確に言えば、お付き合いをしていた……ということです」

「相手に奥さんがいるのにか」


普段ののんびりした父とは、明らかに違う声。


「お父さん……落ち着いて」

「落ち着いてだと。お前はなんとも思わないのか。
娘が、家庭のある男と、3年も付き合っていたんだぞ。
向こうの家庭を壊して、それで……」

「ちょっと待って。私は剛に奥さんがいることは知らなかった。
確かに、3年不倫をしていたことになるけれど、本当に知らなかったの」


自分が抜けているのか、相手が完璧に隠せていたのか、そこはわからないが、

知っていてとぼけているわけではない。

それがショックで、『七海』に戻るという気持ちに、大きく傾いたのだから。


「3年……」

「うん」

「3年間も気づかないわけがないだろう。菜生……お前……」

「お父さん」


今にも私に手を出しそうになる父を、母が間に入って止めてくれる。


「本当に知らなかったの。それに何? どうしてお父さんが剛を知ったの?
私だって聞きたいことがたくさんある。ねぇ、ここに来たってこと?」


剛には絶対に来ないでと言ったはずなのに。


「……出ていけ」

「ちょっと、お父さん」

「人の家庭を壊しておいて、その態度はなんだ。
お前は自分の悪いところがあると、認めないつもりだな。
自分の状況を知らんふりしたまま、田舎に戻れるような娘は知らん」


自分の両親が、ものすごく理解のある人達だと思っていたわけではないが、

今まで結婚とか、将来についてを聞き出すこともなく、

この間も、自分が幸せになると決めた相手だけわかればいいような、

そんな心の広い言葉をかけていたくせに、何、この展開。


「お父さん、私が幸せになるのなら、
年上でも年下でもどっちでもいいようなこと、話していたよね」

「それとこれとは別だろう」

「いや、だから……」

「俺は……そういう気持ちの乱れた娘は、嫌なんだ」


それだけを言い切ると、父は席を立ち奥へと消えてしまう。

母は、とにかく上に行きなさいと目で合図をし、私を逃がそうとした。

最初は立ち上がり、素直に部屋へ行こうとしたが、私の足は逆方向へ向かう。

やはり、納得がいかない。


「菜生……」

「ちょっと出てくる」


この状態では済ませられない。

どういうことで、剛がお父さんに事情を話したのか、それを聞かないと。


「菜生……待てって」


工場から出てきた鬼ちゃんに、腕をつかまれた。


「おまえ、今からどこにいくつもりだ」

「『龍海旅館』。剛……あの、話題に出ている樽井さん。
仕事で1ヶ月、『龍海旅館』に滞在しているから、そっちに話を聞いてくる」


お父さんから聞こうとしたけれど、これじゃ別の言い合いになるだけで、

話が進みそうもない。


「戻って来いよ、ちゃんと」

「……わかってる」


私は自転車で降りてきた道を、また登っていく。

剛が店に顔を出すということはないだろうから、だとすると、

何か共通点でもあったのだろうか。

電動自転車なので、気持ちはどんよりしていても、坂道を順調に登り続けていたが、

目に入った人の姿が気になり、自転車を漕ぐのを辞めた。



坂の途中にある、小さな公園。

遊具と言えるようなものもなく、あるのはベンチだけで……



あれ、芹沢さんだよね……



夕焼けも沈んだ時間に、どうしてここにいるのだろう。

1本だけ立っている街灯の下で、何やら携帯をいじっているけれど。

その表情は、今まであまり見たことがないような、

そう、少し影があるような、そんな様子に見えて……



『菜生さん』と呼んでくれた時のような、穏やかな表情とも、

『坪倉さん』と呼ぶ、厳しめな表情とも違っている。



影のある表情……



『清掃担当』の五代さんは、芹沢さんに感謝していると言っていた。

年を取っても働ける場所があるのは嬉しいと。

『海ひびき』の景山さんも、子供がいる事情を理解し、職場を与えてくれることに、

ありがたいと話していて。

でも、厨房にいる市尾さんにしてみたら、芹沢さんは生意気な若造くらいにしか、

思えていないのだろう。

ボン太のそばによくいる月島さんも、芹沢さんのことはあまりよく思っていない。

そうだ、ボン太はどうだろう。自分を追い抜くやつと思っているのか、

それとも、右腕になるくらいに考えているのか。

仕事をすれば、味方だけにならないのは、当たり前かもしれないけれど。



それにしても……

悩む姿まで素敵だなんて……



いや、何を考えているの菜生、雰囲気に負けてはだめ。

何を考え、ここにいるのかわからないが、邪魔をしないように、

私はまた静かに自転車をこぎ始めた。


【12-1】



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