12 父の記憶を知る日 【12-2】



『樽井剛』、職業はインテリアデザイナー。

たまたま飲みに入ったお店で、ダーツ大会が行われていて、

私はビギナーズラックで3位となり、剛は元々うまかったので2位を取った。

並んで表彰され、そこで会話を交わし、気が合う予感がして……



『それ、何?』

『頼まれているデザイン』

『へぇ……』

『大きくすると、いまいちだな』



剛がPC画面に画像を出し、何やら考えている姿が私は好きで、

アトリエに入ると、いつも邪魔をしていた。

背中から抱きついてみたり、首筋にキスしてみたり。

基本的には真面目な人で、邪魔をすると怒ることもあったけれど、

最後は笑いながら、私の気持ちに応えてくれた。

締め切りが近い時も、いつも私との時間が一番で、

たくさん抱きしめてもらった後、自分だけまた仕事をしたりして。

私はそれを、ベッドの上でまどろみながら、PCの灯りで知ることになって。



この3年間、実家のことも、『七海』のことも、

理子や洋平たちのことも、何も考えられないくらい剛しかいなかったのに……



『あなた、主人が結婚していることを、知らなかったの?』



あの一言が、全てを崩してしまって。


「菜生……」


一番、大事にしてもらっていると思っていたのに、

隠されていたことが、どうしても許せなくて……


「ありがとう。でも大丈夫、帰るから」

「大丈夫なのか」

「出て行けと言われて出て言ったら、さらに傷が深くなるだけでしょう。
剛の話はわかった。まぁ、こうなったら仕方がない」


父や商店街の人達が集まる店は決まっているから、偶然が重なることはあるだろう。

話がおかしな状態で伝わらないよう、全てを話そうとしたことを、

今更責めることも出来ない。


「菜生……俺は……」

「ごめん」


聞きたくない。剛の言葉はこれ以上。


「剛の気持ちはわかっているつもり、でも……」


でも……


「もう一度、あの頃のようには戻れないと思う」


私の気持ちは、戻れない。

それだけはハッキリとわかるから。


「私、高校を卒業する時には、ここに戻らないくらいに考えていたの。
大学を出て、社会人になって結婚してって、一応未来図描いてね。
でも、全然うまく行かなくて。もうどうしたらいいのかわからないと叫んだ時、
見えてきたのはここしかなくて」


こんな街は嫌いだと思っていたはずなのに、気づくと『七海』の景色を探していて。

何も変わっていない駅に、本当はすごく気持ちを楽にしてもらった。

私が見てきたもの、触れてきたものはまだ残っている……と。


「今は東京に戻ろうとは思わない。それは土地のこともあるけれど、生活のことも」


今までのことは今までのこと。

もう一度自分の足をしっかり地に着けて、歩き出したい。


「この場所に、何か恩返し出来たらいいなと思うようになった。
何が出来るかわからないけれど、でも、私にも出来ることはきっとあるだろうし」


『龍海旅館』で仕事をすることが、その1歩目になる気がして。


「ごめんね」


私は剛に頭を下げて、部屋から出て行くことにする。

父とのいざこざを理由にして、この場所で、以前のように時間を重ねていけば、

そう、あの頃のように、包み込むように抱きしめてもらっていれば、

もしかしたら『やり直そう』と思えたのかもしれない。

でも、それはこじれた時間を振り払いたいだけで、前向きな気持ちからではない。

そんなことをしたら、それこそ剛のウソを責められなくなる。

私は振り返ることなく『龍海旅館』を出ていく。

自転車置き場に向かい、そのままペダルを漕ぐ。

途中でブレーキをかけ、視線だけ横に向けたが、あの公園に芹沢さんの姿は、

すでになくなっていた。





「ただいま」


少しゆっくりめに玄関を開けて中に入ると、家族は夕食を終えていて、

テーブルには私の分が残っていた。

母から、父は部屋に入っていると聞き、頷く。


「明日なら、もう少し落ち着いて話せるだろうからさ、菜生」

「……うん」


鬼ちゃんは私が戻ってきたことを確認したため、帰ろうとする。


「菜生」

「何?」

「社長は、お前に幸せになって欲しいだけだから、きちんと話せばわかってくれるよ」


鬼ちゃんの言葉に、肯定も否定も戻せない私。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


いつものように送りだし、ここには母と私が二人だけになった。


【12-3】



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