12 父の記憶を知る日 【12-5】



「あはは……」

「笑うところではないと思いますよ」

「いや、うん。まぁ、そうですけど」


倒れていると思った芹沢さんは、正確に言うと眠っていた。

厨房の揉め事を解決するために、『龍海旅館』と『海ひびき』を行ったりきたりして。

さらに、本来やらないとならない仕事をバタバタ動かしているうちに、

相手のミスが発覚し、『なんなんだよ』と体をソファーに投げ出したら、



数秒後に寝ていた……



そう説明を受ける。


「数秒後に眠るなんておかしいですよ、睡眠時間、取れていないのでしょう。
こんなうつぶせの状態で、いきなり寝ているなんて、信じられません」

「そんなことないですか? 坪倉さんは」

「エ……すぐに寝てしまうということですか?」

「はい」

「えっと……」


数秒後はないけれど、まくらに頭を乗せて、

携帯で明日の天気を見ていたら寝ていたことはある。

力のなくなった手から、携帯が頭に落ちてきて目覚めてしまうけれど。


「僕も初めてだな確かに。こんな形で寝たのは」


芹沢さんは、そういうとまた笑い出す。


「今朝のウォーキングも予定より30分以上、長くかかってしまって……」

「あ……」


そういえばと思い出す私。


「すみません、鬼ちゃんから聞きました。うちの父が余計なことを話して……ですよね」


そう、娘とケンカをし、朝から顔を合わせづらかった父が近くの海に逃げ、

『誰か、時間つぶしに付き合ってよ』の網を投げたら、

そこに現れた芹沢さんが『かかってしまった』。


「余計なことではないですよ。『七海』の海がもっと綺麗だった時の話とか、
昔、このヨット置き場にハリウッド俳優の夫婦が来て、大騒ぎだったこととか……」


あぁ、そうなんだ。

父が話をしたのは、よく家でも飲みながらするあの自慢話か。

ハリウッド俳優の有名夫婦がこの『七海』を訪れて、

この景色が毎日見られるのなら、日本に住むのも悪くないと言ったようで。

『そういう場所に住めるお前は幸せだ』とか、なんとか……

なぜ、それが、父の自慢なのかわからないけれど。


「娘の気持ちを理解しようと思っていたのに、頭ごなしに叱ってしまった……と」

「エ……」

「『波の綾』のお客様の話を聞かれましたが、
それは守秘義務があるのでと断るしかなくて。『そうですよね』って、社長さん……
少し寂しそうでした」


うわぁ……お父さん。やはり私の想像の斜め上を行く。

剛のことを芹沢さんに聞く? もう、どういう情報収集をしようとしているのよ。


でも、そういえば、剛がここへ来た日、芹沢さんが頼まれたものを持って、

『波の綾』へ来たっけ。そうか、この人はわかっている。

『何かがある』ということ。


「僕があれこれ言う話ではないですが、お父さんと向かい合ってあげてください。
菜生さんが幸せならって台詞を、何度も言われてましたから……」


話のドーナツ現象。

核であるはずの本人には言葉が伝わらず、なぜか無関係に思える人達の方が、

話を知っているという不思議さ。

でも、なんとなく話を冷静に聞くことが出来て……


「ありがとうございました、確かにこれ、受け取ります」


本筋の話。私は古橋さんに頼まれた封筒を渡し、任務が終了。


「それでは失礼します」

「お疲れ様でした」


企画室を出て、従業員入り口から外に向かう。

自転車置き場まで来ると、この季節にしては少し涼しげな風が吹く。


『私の幸せ』か。


鍵を開け、ペダルに足を乗せると、そのまま家に向かって走り出した。





「ただいま」

「お帰り……」


今の声、母のものではないな。


「あぁ、菜生……」


こちらは母の声。


「今、お父さんだよね、お帰りって言ったの」

「そうよ。お父さん待っている」

「待っている? エ……何それ」


待ち構えているってこと?

靴を脱ぎ、それを揃えて一度深呼吸をする。

居間に入ると、おつまみとお酒が準備されていて、鬼ちゃんも座っていた。

小さな宴会でも開いているのかな。

私は手洗いにうがいを済ませ、それから一度2階に行って楽な格好に着替える。

『待っている』と言われた食卓に、渋々戻った。


「ほら、菜生も……」


出してもらったのは『ハイボール』。

鬼ちゃんは、『おかわりはないぞ』と笑いながら、グラスを前に出してくれる。


「何、この状態」


今から何かを真剣に話すような雰囲気は、全然感じられない。


「お前の話を、きちんと聞きもしないで、怒って悪かった」


父はそういうと、少し赤くなった顔で、『ふぅ……』と息を吐く。


「母さんから聞いただろう。おばあちゃんのこととか、ごちゃ混ぜになってしまって。
菜生が本当に好きだと思う人がいるのなら、俺は何も言うつもりはなかったのに、
ついな……思い出が蘇ってきてさ」


昨日とは真逆のような父。

言葉を送り出すために、少しだけお酒の力を借りたようで。

こんなふうに父に素直に出てこられたら、私だって素直になるしかない。

同じく勢いをもらうために、『ハイボール』に口をつけた。


【13-1】



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