13 東京を捨てる日 【13-1】

13 東京を捨てる日



「私も……ごめん。東京から戻ってくる理由も、みんな信じてくれて、心配していたのに。
正直なことが言いにくくてさ、私なりに未来図も多少は描いていたし……」


そう、剛の状況が予想外なものでなかったら、

どこかのタイミングで、『結婚相手』として紹介しようと思っていた。


「剛が結婚していることは、本当に知らなかったの。
でも、お母さんから、おじいちゃんの話を聞いていた時にね、被害者は自分じゃなくて、
奥さんだって思い出した。私……驚くだけ驚いて、何も言わないで、
東京から逃げちゃった」


そう、あのアトリエに乗り込まれた日。

私は自分が一番被害者だという気分で、出ていったのだ。

腹を立てて、電車の中で、唇を噛みしめながら剛の番号を消した。

さらに『自分が悪いわけではない』という気持ちを、目一杯まとわせて、

ここに戻ってきた。


「ハイボール……久しぶりで美味しい」

「俺が作ったからな」


鬼ちゃんはそういうと、笑ってくれる。


「そうだね……」


ここに戻ってきたら、こうして優しさに包まれることをわかっていたから、

だから私は戻ってこられたのだろう。


「私さ……」


今なら、勢いで言える気がした。

『東京』に憧れた私が、『東京』を離れた理由。


「東京で仕事が忙しすぎて疲れ切ったとか言って戻ってきたけど、本当はね、
仕事ですごく悔しいことがあって。今まで真面目に頑張ってきたのに、
誰も認めてくれていないんだって、情けなくなって……。そこに剛のことが重なって、
もう何もかもいいやって、それで戻ってきたの」


『ハイボール』を半分くらいまで飲み、そばにあった枝豆もいくつか口に入れる。


「高い学費出してもらって『東京』に行って。それなりに就職をしたと思っていた。
営業部の主な仕事は事務だけれど、取引先と会うこともあったし、
たまには会議で意見を求められたりして……」


『三楽食品』。

名前を言えば、全国の人が『あぁ、知っているよ』と言われるような企業。

その営業部に席を置き、私なりにキャリアを積んできた。


「取引先に言われたことを、私なりにまとめて上司に話してみた。
それは当然、もっといい関係性を互いに築きたかったからだし。
先輩との飲み会でも、みんなそれはいい考えだと認めてもらえて。
だからと思って……」


あれ? 剛の話をすればよかったんだよね。

なんだろう、私、いつの間にか仕事のことを話している。


「そうしたら、上司に呼びだされて、『君にそんなことは求めていない』と、
強く言い返された。それも、私が伝えたかった形で伝わらずに、
話を又聞きしていた同僚が、上司に先に話を耳に入れてしまった結果なのだけれど……」


そう、飲みに行こうと誘ってきた同僚に、私は裏切られた。

取引先の意見なのに、まるで上司の対応が悪かったかのように、伝えられてしまって。



『いいよ、坪倉さん、知らない振りをしておこう』

『別に、会社の10年後まで考えなくてもいいでしょう』



「飲み会では賛同してくれていたのに、いざとなったら誰もついてきてくれなくて。
結局、私のミスとして処理されて、さらに一緒に仕事をしていた人達と、
取引先に謝罪させられた」



『これ……誰が書き直した』

『はい』

『坪倉か、余計なことをするな。君にこれを頼んだ覚えはない……』



「剛のことと、会社のこと。どっちにも裏切られてしまったという気持ちが大きくなって。
今まで頑張ってきたことも時間も、全て粉々になった気がした。
『東京』が……嫌いになった」



そう、嫌いになった。

キラキラと輝いているくせに、足元はものすごく暗くて。

本音と建て前を、うまく使い分けられる人のことばかり評価して。

忙しいからと、たくさんの人がいてすれ違っても挨拶すらしない。

隣に誰が越してきても、わからないまま。



「それで……」


父は真顔で、話を聞いてくれている。


「改革案なんて言い出すからさ、私、他の人にも面倒な社員だと思われたみたいで。
それまで持っていた仕事も、後輩に渡すことになった。
席も移動になって、毎日、毎日、伝票と書類を追いかけるだけ。
明らかに枠の外側だってわかるわけ」


そう、営業部分は全てそぎ落とされて、事務のみの日々。

入社2年目の社員が、書きかけの伝票を仕上げてくれと渡してきたこともあった。


「情けなくて……。私って、こんなことするために、
東京に8年も暮らしていたのかって……」


まずい……涙が出てきた。

こんなつもりなかったのに、泣くなんて思わなかったよ。


「よりよい職場にしたいと思った意見が、組織の邪魔になるなんて、おかしいでしょう。
それを聞いて、どう処理していくか考えてくれるのが上司じゃないのかな」


自分は正しい、間違っていないのだからと、

一人になっても胸を張れるほど私は強くなくて。

結局、『東京』の責任にして、逃げてきたのかもしれないけれど。


「はぁ……」


話がブレブレ。


「ごめん、こんな話をするつもりなかったのに……話がぶれてる」

「ぶれてたっていい、言いたいことを言えばいい。
ここはお前が何もかもを吐き出せる場所だ」


父の声。

私は黙って頷く。

そう、私が素直に語れるのは、ここ……『七海』しかない。


「昨日、剛に会いにいった。話を聞いて、それで自分なりの思いを伝えてきた」


私は両親に、『お別れを言ってきた』としっかり話す。


「お別れ?」


母は、予想外だったのか少し困ったような顔になる。


「うん。奥さんとは私と出会う前からこじれていたらしい。
でも、仕事のつながりもあって、それでって、既婚者だったことを隠していた理由も、
こっちに来た時に聞いたけれど、でも、私はやっぱり元には戻れないとそう言ってきた」


『七海』に戻ってきて、あらためて思うこと。

今度こそ、自分の場所をちゃんと作りたい。

逃げるように場所を定めてしまうと、どこかで後悔する。


「菜生は……それでいいの?」


母の声。

私は迷いがないという意味で、頷いた。


【13-2】



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