13 東京を捨てる日 【13-4】



「ただいま……」

「お帰り、菜生。お風呂出来ているから、先に入りなさい」

「うん」


大荒れの天気は、夜になっても続いてしまい、私は家に戻ってすぐお風呂に入った。

明日は休みのため、気持ちが楽になる。


「あぁ……ほっとした」


工場では父と鬼ちゃんが今日、運べなかった畳を明日どう運び入れていくかと会議中で、

私は髪の毛にタオルを巻き付け、母の手伝いをする。


「今日みたいな日は、お客様少ないでしょう」

「1つの団体で数名のキャンセルが出たけれど、でも、結構来たよ。
元々、バスの通り道だし、大きいから家族連れもウエルカムだしね」

「そう……」


市尾さんが休みで、小林さんが料理を手伝っていた。

今日はなんとか回せたけれど、週末はまた、応援を頼むのだろうか。


「よし、出来た。菜生、お皿出して」

「了解」


私は食卓に料理を運び出す。

『ごはんだよ』と、工場にいる二人に声をかけた。





『芹沢さん』

『はい』

『どうして市尾さんを引き留めるのですか』

『どうして……とは』

『本人は辞めたいと言ったわけですよね。しかも、あの態度は、
あなたにとって、プラスにはならないと思います』


そう、ここはしっかりと言い切って。

すると、芹沢さんは、少しだけ寂しそうな表情になり……


『孤独になる覚悟は、出来ていますので……』



「……クシュン!」


あ、まずい、いつの間にかうたたねしていた。


「あ……いたた……」


腕を伸ばして寝ていたから、戻そうとすると痛い。

それを我慢しながら寝転んでいた体を起こすと、意味なくついていたテレビを切る。

自分の肩を動かして、腕の痛みの解消。

そういえば、『風邪引くぞ』と鬼ちゃんに声をかけられた気がするし、

『パンツのゴムがゆるくなったから歩くと落ちる』と母に訴える父の声が耳に入り、

あまりにも状況が想像出来てしまい、

続きを聞きたくなくて体を反転させたことも思い出す。


誰もいない居間、今、何時だろう。

誰か、起こしてよ、『26歳の嫁入り前の娘』が、こんなところで一人寝ているのに……


「ふぁ……」


この間、父から聞いた芹沢さんの台詞。

『孤独になる覚悟が出来ている』ってやつ、あれがどうも頭から離れない。

今日の市尾さんの話もそうだけれど、本人が辞めたいといって、

周りもそれが助かると思っているのに、

なぜ芹沢さんは嫌がられてまで引き留めるのだろう。




なぜだろう……




なぜなのか……





少しだけ考えたけれど、面倒くさくなった。

そうだ明日、理子と会って、話でもしよう。



時計を見ると、夜の11時少し前だったので、まだいいかな。

『明日、休みだからどこかで会えない』と打ち込み、

送信ボタンを押そうとした手が止まる。

いや、明日は水曜日。病院は診察日。事務の理子も、勝手に休みとはいかないだろう。

こういう時に、旅館業は特殊だなと思ってしまう。

サラリーマンのように土日のお休みではないため、周りと合わせにくくて。

私は結局、理子にメッセージを送らないまま携帯を持ち、ゆっくりと部屋にあがった。





嵐の後、快晴の『七海』。

今朝はしっかりと目覚め、家族と同じ時間に朝食を食べる。


「理子の家に?」

「そうなの。はい、これ」


母の『たくあん外交』。

私はその任務を引き受けることにした。

ビニール袋にたくあんを入れ、それを自転車のカゴに置き、関口家へ向かう。

当然、診療日であることは承知だが、おつかいを頼まれたついでに、

ちょこっとおしゃべりくらい、許されるだろうと勝手に考える。

それにしても、母の『たくあん外交』は、どんどん広がっていて、

気づくと漬物の樽が、一回り大きくなっていた。


「おはようございます」


朝10時前だから、まだ『おはよう』でいいかなと思い、裏口に回る。

関口家は表が病院の入り口になるので、訪ねるときはいつも裏からだ。


「あ……菜生」

「理子、おはよう」

「あれ? 今日休み?」

「そうなのです」


私は母に渡されたビニール袋を前に出す。


「ありがとう。母がおばさんに頼んだみたいなの。入って」

「うん。うちの母も嬉しそうだったよ」


関口家に向かう入り口を開き、理子はビニール袋を中のテーブルに置く。

そのとき、ちょうど窓の外を歩く人が見えて……


「あれ?」


今の、芹沢さんだった気がするけれど。


「どうしたの菜生」

「今、芹沢さんが来たような……」


扉から病院側に戻り、小さな窓の外から受付を見ると、

やはり入ってきたのは芹沢さんだった。


【13-5】



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